【花が手向けられた墓碑に手を合わせる参列者ら=伊賀市で】

 松尾芭蕉と同郷で門弟の俳人、服部土芳(1657-1730)をしのぶ「土芳忌」が命日にあたる1月18日、三重県伊賀市で営まれた。同市長田の西蓮寺(山本純裕住職)では墓前法要があり、芭蕉翁顕彰会の役員ら約20人が参列した。

 本名は保英。幼いころ、藤堂藩士・服部家の養子になった。29歳だった貞享2(1685)に、水口(滋賀県甲賀市)で幼少期から親交があった芭蕉と20年ぶりに再会。その後、官職を退き、74歳で亡くなるまで伊賀蕉門の中心的存在として俳諧一筋に専念した。

 32歳だった1688(元禄元)年には蓑虫庵(同市上野西日南町)を開き、1702(元禄15)年に芭蕉の俳論を体系化した「三冊子」を完成。1709(宝永6)年に芭蕉の言葉や作品をまとめた「蕉翁句集」「蕉翁文集」を編み、今日の芭蕉研究の基礎を作った。

 法要の後、主催した同顕彰会の岡島久司会長は「今年は芭蕉の生誕380年にあたり、意義深い。心を込めて勤めた」と話した。

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