【新田公民館の敷地にある日時計石(5月25日午後2時43分撮影)】

 6月10日は「時の記念日」。三重県名張市新田には、江戸時代から水を分け合ってきた暮らしを伝える「日時計石」が残されている。

新田公民館の敷地にある日時計石と松本さん(右)、川口さん=名張市新田で

 新田公民館の敷地に置かれた平らな石(縦約30センチ、横約35センチ)には細い溝が刻まれ、木製の棒が立つ。太陽が真南を通る正午になると、棒の影が溝に収まり、時を知らせる仕組みだ。

 この地区はもともと水に乏しく、約360年前に現在の伊賀市高尾から全長約15キロの用水路が開かれた。田に引く水を公平に分け合うため、定められたのが「隔日時間給水」の制度だった。

 地区を6班に分け、給水の順番を夜間、昼前、昼後と2日間で回した。昼前と昼後の境目となる「正午」を示すために用いられたのが日時計石だった。かつては水路の近くに設置されていたという。

水の大事さ

 住民の松本直美さん(75)は「昔は決まりを破ると、蚊帳や鍋といった大事なものを取り上げられたと聞く。それだけ水が大事だったのだと思う」と話す。水を巡る争いでけが人が出た話も伝わっているという。

 日時計石は機械式の時計の普及に伴って役目を終えたが、隔日時間給水の制度は今も受け継がれている。住民の川口和夫さん(80)は「日時計石は地元の歴史を語る上で欠かせない。これからも守っていきたい」と話した。

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