【在校時の思い出を語る井上さん=伊賀市槙山で】

給食、学芸会、新旧校舎 尽きぬ思い

 「これまで7000人が育ち、巣立ってきた学校が無くなる寂しさはあるが、子どもたちの将来やこの場所の今後が良いものになってほしい」。両親も自身も娘2人も玉滝小学校(三重県伊賀市玉瀧)を卒業し、PTA会長も務めた同市槙山の井上正郎さん(78)が、同じく卒業生の妻絢子さん(75)とともに、在校時の思い出や新校舎完成前後の出来事などを振り返った。

【上】感謝込めた閉校式を 保護者ら準備
【下】思い出深い校舎 絵や版画で

 講堂での学芸会は「親が作ってくれた衣装を着て踊った。人数が多かったので、玉瀧・内保と槙山で日を分けていた」(絢子さん)という。他にも、運動会で「玉滝音頭」を踊ったこと、保護者が交代で給食のおかずを作りに来てくれたこと、凍った田の上を滑りながら帰ったことなどが印象的だそう。井上さんの学年は、現在の全校児童数(47人)より多い63人、終戦の年に生まれた絢子さんの学年は34人だった。

 1985(昭和60)年、次女が6年の時にPTA会長を務めたのは、折しも新校舎建設の真っ最中。井上さんは「旧校舎の荷物を皆で全て手作業で講堂へ運ぶのがしんどかった」と苦笑する。

現校舎と同時期に新設されたアスレチック

 同窓会が2002年に編集・発行した記念誌「百年のあゆみ」(2002年)によれば、現校舎は87年に竣工し、100メートルの直線がとれる運動場や、珍しい木製アスレチックなども整備された。

「五本松」

 かつて運動場の南東端にあり、校歌にも登場する「五本松」は、学校や地域のシンボルとして親しまれ、現在もイベントやゲートボールチームの名に使われている。そのチームの代表も務める井上さんは3年ほど前、ゲートボール全国大会に出場した児童らを表彰するため、久しぶりに母校を訪れ、「すごく懐かしく感じた」という。

かつてあった「五本松」(同窓会発行「百年のあゆみ」より)

 卒業から60年余り、間もなく訪れる閉校を前に、いつも近くで学校や児童を見守ってきた2人は「学校や地域のために尽力されてきた方がたくさんいることを、この機会に改めて感じた。子どもたちには、大勢の中で競い合いながら勉強や遊びをやっていくことが将来のためになると信じ、無事に阿山小へ送り出せたら」と思いを語った。

2021年2月27日付790号6面から