B29墜落地で平和の集い 追悼碑建立20年、記憶を次世代に 名張

追悼碑の前で献花する統仁住職=名張市青蓮寺で

 終戦から81年となった8月15日、太平洋戦争中に米軍爆撃機B29が墜落した三重県名張市青蓮寺で「平和の集い」が開かれ、住民ら約70人が参列した。追悼碑の建立から20年を迎え、犠牲となった搭乗員らの冥福を祈り、戦争の記憶を次世代へつなぐ思いを新たにした。

 1945年6月、神戸空襲の帰途に日本軍戦闘機の攻撃を受けたB29が、同地区の山中に墜落。搭乗員11人のうち2人が死亡し、残る9人はパラシュートで脱出したが、その後日本軍に処刑されたという。

 墜落時、爆撃機の破片が青蓮寺にある地蔵院に落下。同院の耕野一仁名誉住職(77)の父、故・一弘さんは破片を本堂に安置し、供養を続けた。

 父の供養を継いだ耕野名誉住職が「戦争の犠牲者は敵も味方も同じ」との思いを胸に、2006年、地区の協力を得て墜落現場近くに追悼碑を建立。以来、同院と名張ユネスコ協会、市宗教者連帯会が集いを続けている。

献花する参列者=同

 B29墜落現場で開かれたこの日の集いでは、日米両国歌が演奏され、搭乗員11人の氏名を刻んだ石標に参列者が献花した。その後、地蔵院境内に移り、ハトを空に放った他、終戦から81年にちなみ平和の鐘を81回鳴らして犠牲者の冥福と世界平和を祈った。

子どもと鐘を突く統仁住職=同

〈YouTubeで放鳩や献花、平和の鐘のショート動画(https://youtube.com/shorts/klSQx6fTWss?si=2Sd4jZWmiyBrgH4c)〉

 今年4月に父の跡を継いだ統仁住職(43)は「戦争を憎み、平和の大切さを後世に伝えることをお約束する」と追悼の言葉を述べた。式後、「小さい頃、祖父から『これ(破片)が落ちてきたんや』と見せてもらった。平和を守っていきたいという、祖父と父の思いを受け継いでいきたい」と話した。

 耕野名誉住職は「亡くなった方々への優しい気持ち、思いを継いでいくことは大事。20年間のつながりを、息子につないでいきたい。今後は若い人たちにも参加してもらい、平和を考える機会にしてほしい」と話した。

 参列した北川裕之市長は「実体験をされた人がいなくなる時代になった。戦争を起こさない、起こさせない覚悟を私たちが持ち続けられるかどうかが問われている」と述べ、戦争の記憶を次世代につなぐ大切さを訴えた。

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