【保管された標本を手に取る森田さん】

 タンスの引き出しにびっしり詰まった植物の標本。これは、三重県伊賀市荒木の菊山文秀さん(98)が約60年間にわたって採集してきたもので、7月初旬に三重県総合博物館(津市)に寄贈された。

菊山さん

 三重大学農学部を卒業後、県立上野高校に理科の教員として勤務した。40歳を過ぎたころ、コケの研究で博士号を取得していた同僚の生物教員から「コケは面白いよ」と言われ、採集に同行したのがきっかけになったという。

 その後はコケやシダの採集に没頭した。妻の幸子さん(91)によると「休日にはほとんど家に居なかった」というほど。原付バイクに乗り、伊賀市の馬野渓谷や滝山渓谷の白藤滝などへ1人で出掛けたり、同僚の車に同乗して滋賀県境の藤原岳、更には隣県の和歌山、奈良、岐阜方面に足を延ばしたりすることもあったという。足を滑らせると危険な渓流の岩場でも、身軽に乗り越えて狙いの植物を収集したそうだ。

 こつこつと採集した標本は、コケが約2000点、シダが約500点にも上る。たんすの引き出しに収納し、1点ずつ丁寧に新聞紙に挟んで乾燥させ、台紙に貼ってある。ラベルには採集した年月、場所、採集者、植物名(学名)を記入している。

 「コケの生えている環境を荒らさないよう、最小限の採集を心掛けた。伊賀地域には無いとされていたコケを発見したこともあり、面白さを実感した」と話す菊山さん。ルーペや顕微鏡で観察して正確なラベルを付け、新聞や防虫剤をこまめに交換して品質の維持に努めてきたという。

 こうした貴重なコレクションを同博物館へ持ち帰るため、7月初旬に菊山さん宅を訪れた学芸員の森田奈菜さんは「採集地の大半は伊賀地域で、地元の方が地元の自然を調べて採集し、標本としてきっちり保存しているところに価値がある。今後博物館で保管し、学術的研究に生かしたい」と評価している。

 菊山さんは「少しずつこつこつと、長い間続けてきた結果、ライフワークと言えるものになったかなと思う。博物館の良好な環境で保管して頂き、研究に役立てて頂けるのは非常にうれしい」と話していた。

 同博物館では、来年1月に史跡旧崇広堂(伊賀市上野丸之内)で開く移動展示で、菊山さんのコレクションの展示も予定しているそうだ。

シダの標本

2023年9月9日付851号10面から

- Advertisement -