【出版した回想記と、70歳の時に執筆した自分史を手にする井上さん】

真剣な姿勢 娘3人に影響

 「どうしても母のこと、家族の歴史を書き残しておきたかった」。三重県名張市赤目町柏原の井上美惠さん(80)が、3年前に96歳で亡くなった実母トシさんの生涯を書き留めた回想記「母の小さな物語」(B6判166ページ)をこのほど出版した。

 井上さんは3人娘の長女として育ち、大学を卒業後、大阪府柏原市で38年間、小学校の教員として、その後嘱託で62歳まで働いた。退職して3年後、夫の勝則さんが急逝し、母との2人きりの生活が始まった。

 「高齢の母が体調を崩したころから、いつかは別れの日が来ることを覚悟した」という井上さん。母が亡くなる前の3年間は看護・介護に専念する毎日だったが、時間を見つけては書きつづった。

トシさんとの写真(2006年撮影、井上さん提供)

「腹の据わった生き方」

 回想記は、トシさんのルーツである祖母の実家を訪ねるところから始まり、トシさんの生家での暮らし、19歳で井上家へ嫁いできてからのことなどが記述されている。嫁いで8か月後に夫が戦地へ赴いた。「どんなに苦しい時でも決して弱音を吐かず、腹の据わった母の生き方は、大正、昭和、平成、令和を精いっぱい生き抜いた中から備わったものだろう」と話す。

 トシさんは農作業や家事に多忙だった一方、日本舞踊や俳句、書道、コーラス、水墨画など趣味も多彩だった。特に水墨画は90歳まで教室に通い、毎年展覧会に出品していた。井上さんは「時間を見つけては、何かに真剣に取り組む母の姿勢から教えられたことは多く、私たち娘3人の生き方にも影響を及ぼしている」と話す。

「子どもたちに残したい」

 「学歴や社会的地位は関係なく、誰もが誰かのかけがえのない存在。母や自分の半生を語る上で家族の存在感は大きく、その家族と戦争は欠かせないものだった。これからを生きる子どもたちにそのことを書き残さないと、永遠に消えてしまう」。

 回想記は40冊出版し、家族や親類、友人に配った。書き終えて、「母親というかけがえのない存在を形にして残せてほっとしたと同時に、改めて感謝の念は深まった」と笑顔を見せた。

2023年8月26日付850号2、3面から

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