松尾芭蕉と同郷で門弟の俳人、服部土芳(1657-1730)をしのぶ「土芳忌」が命日にあたる1月18日、伊賀市長田の西蓮寺で営まれた。【読経する山本住職(右)と墓前で手を合わせる顕彰会の岡島会長(中)=伊賀市長田で】

 本名は保英。藤堂藩士だったが、30歳の頃に退いてから74歳で亡くなるまで伊賀蕉門の中心的存在として俳諧一筋に専念した。1688年には蓑虫庵(同市上野西日南町)を開き、芭蕉の俳論を体系化した「三冊子」の執筆や「蕉翁句集」など芭蕉の言葉や作品をまとめ、後世に残した。

 法要には例年、俳句愛好家らを含め約30人が参列するが、新型コロナウイルスの感染拡大防止で、今年は芭蕉翁顕彰会の役員ら7人が参列。山本純裕住職が読経するなか、墓前で手を合わせた。恒例の講話と句会は中止になった。

 岡島久司会長(73)は法要の後、「本来なら、皆さんに集まってもらいたかったが、コロナ禍ということで急きょ代表だけになった。収束すれば改めて土芳の心をつなげていきたい」と話した。