【店の前に集まった近隣住民たち=伊賀市阿保で】
三重県伊賀市阿保の旧初瀬街道沿いにある老舗「住沢百貨店」が、3月末で約120年にわたる歴史に幕を下ろす。住民の暮らしを支え、人と人とをつないできた拠点の閉店に、地元から惜しむ声が上がっている。
同店の開業は、1907(明治40)年ごろと推定される。52(昭和27)年には、地元の商工会に加盟した記録がある。

当時、40店舗以上が軒を連ねていた阿保商店街の中で、先代オーナーの住沢育夫さんと妻・迪子さんが店を切り盛りしていた。食品や日用品から小学校指定の体育館シューズまで幅広く取り扱い、「学用品といえば住沢」と呼ばれるほど子どもや保護者らが足を運んだという。
住沢さんは商いだけでなく、地域の発展にも心血を注いだ。大阪への仕入れに奔走する傍ら、商工会長を3期務め、旧青山町全域の商業振興を牽引した。
2008年に住沢さんが88歳で亡くなった後、従業員だった松本謙治さん(80)が代理責任者として店を引き継いだ。常連客の高齢化と大型店の進出が進む中、建物は老朽化。雨漏りが発生するようになってからも、「店は簡単に閉められない」と、たらいを置いて営業を続けたという。2年前に松本さんが病に倒れた後も、勤続約40年の従業員女性が「地域が少しでも元気になってくれたら」と願いつつ店を開け続けた。
売れ残りの花火
約60年の常連客で、近くで商店を営む福井文子さん(84)は「売れ残りの花火を頂き、近所の子どもたちと田んぼ脇の裏道で花火大会をするのが夏の恒例行事だった。正月にはお年玉を握りしめた子どもが、住沢までお菓子やプラモデルを買いに行った。文房具も化粧品も裁縫道具も、何でもそろっていた」とかつての情景を思い浮かべる。「農具や日用品など、今も質の良いものがそろっているので、閉店までに買っておきたい。住沢さん夫妻は、地域の子どもを我が子のように大切にしてくれた。店がなくなるのが本当に寂しい」と語った。

「住沢のおかげで結婚できた」
近くで理容店を営む森範之さん(79)も、小学生のころから住沢百貨店を知る一人だ。「量り売りの釘があり、やかんのふたも単品で手に入った。困った時に頼りになる店だった」と話し、更に「住沢のおかげで結婚できた」と、亡き妻の由美子さんとの思い出を語る。
55年ほど前に大学進学のため東京で暮らしていた森さんは、大学の後輩でアパートの隣人だった徳島県出身の由美子さんに「あなたの故郷には何があるの」と尋ねられた。森さんは「地震の神さまと百貨店がある」と答えたという。由美子さんは、その百貨店を都会の高層デパートだと想像した。
交際を始めた後、百貨店の事が気になっていた由美子さんは「あなたの故郷に一緒に行きたい」と森さんに提案。焦る森さんとともに東京から列車を乗り継ぎ、深夜になって阿保に到着した。
看板に「くらしのデパート」
翌朝、2人は住沢百貨店の前に立ち、「くらしのデパート」と書かれた風情ある看板を見上げた。由美子さんは「なんだかだまされた気がする」と笑顔を見せたという。5年後に2人は結婚し、阿保での暮らしを始めた。
森さんは「住沢は縁結びの神さまだった。なかったら、縁はとっくに切れていたかもしれない」とほほ笑む。住沢百貨店を介して客が森さんの店に立ち寄ることもあったといい、「商いの上でも、なくてはならない存在だった」と寂しさをにじませる。

近くで宝石店を営む神山幸久さん(53)は「閉店を聞いた時はショックだった」と振り返る。商店街の活性化を目指す団体「阿保toかなめ」の一員としても活動しており、「形態は変わったとしても、建物と名前を残せたら」と復活の手段を模索する。
3月8日に開催される「第18回初瀬街道まつり」に合わせ、住沢百貨店の有終の美を飾る閉店セールを実施する。店内の商品は最大半額となり、福袋も用意。旧初瀬街道に面した窓ガラスには、店の歴史や人々の思い出を貼り出す予定だという。
閉店の日が近づく中、店を守る従業員女性は「祭りがにぎわってくれたらうれしい。今後、もっと若い人たちが青山に足を運んでくれたら」と思いを語った。

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