【法華経塔=伊賀市服部町】

 地震は決して他人事ではない。三重県の伊賀地域は今から170年前、「伊賀上野地震」で大きな被害を受けている。

 伊賀上野地震は幕末の1854年7月9日に起き、安政伊賀地震とも呼ばれる。木津川断層の活動で発生した内陸直下型地震で、伊賀市北部が震源だったとされる。マグニチュード7・3の阪神大震災と同程度で、最大震度は7と推定されている。伊賀、伊勢、大和国を中心に約5800の家屋が倒壊し、死者は1300人に及んだとされている。

 伊賀市服部町の「くれは水辺公園」にある「法華経塔」(高さ約5・7メートル)は、地震の翌年に犠牲者を供養するため町人有志が建立。元は近くの河川敷にあったが、倒壊の恐れがあったため現在地に移設した。

 同市野間には、地元の死者35人を埋葬した場所に「安政伊賀上野地震供養塔」(高さ約2メートル)が建てられている。2つの塔はいずれも市の文化財に指定されており、伊賀で起きた大地震の惨禍を今に伝えている。

安政伊賀上野地震供養塔=伊賀市野間
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