事故で障害を抱えながら、約30年にわたり歌手活動を続けてきた三重県名張市中知山の大和幸司(本名・中山孝雄)さんが今年6月、83歳で亡くなった。歌手人生の軌跡をつづった追悼誌が、ゆかりのある人たちによってこのほど作成された。
大和さんは建設業を営んでいた1986年、47歳の時に足場から落下し、深刻な障害を負った。大工として一流の腕を持っていたと言われる大和さんは手足のまひや言葉の障害に苦しみ、人生の希望を失いかけたそうだが、約5年間にわたる懸命のリハビリと、かつてより指導を受けていた歌の恩師との出会いをきっかけに歌のレッスンに励み、6年後の92年、53歳でプロデビューを果たした。
デビュー曲の「妻よ子よ」は、実妹の小山えつ子さんが作詞・作曲したもの。10月に市内で開かれ、関係者60人ほどが集まった「偲ぶ会」に東京から駆け付けた小山さんは「兄の長女が結婚した際、兄を励ますつもりで作った歌で、レコード化されて心からうれしかった」と振り返った。
デビュー後はマネジャー役の妻・千代子さん(76)のサポートを受け、各地の福祉施設での公演や公民館でのカラオケ指導などで活躍。活動日数が年間100日に及ぶ年もあったという。2012年には、障害者の社会参加の促進に寄与したとして、厚生労働大臣賞を受賞した。
追悼誌にはこうした大和さんの活動が、当時の写真とともに克明に記録されている。後援会会長だった寺田伊三男さん(94)は「あれだけの障害を抱えながら活躍された大和さんの生き方は、障害ある人たちの一つの目標になっている」と話す。
事務局として追悼誌の編集に携わった山本順仁さん(71)は「困難を乗り越え、強い意志で人生を駆け抜けた大和さんの活動ぶりを、追悼誌を通じて多くの方に知ってほしい」と話している。
追悼誌はA4版で24ページ。400部作成し、名張市立図書館(同市桜ケ丘)にも寄贈され、閲覧できる。
2023年11月11日付855号5面から