【そば打ちをする雨宮さん】

 三重県名張市桔梗が丘5番町の雨宮松雄さん(82)は、地域で「多趣味な元気人」として知られている。毎朝6時前のウォーキングを始め、楽器演奏、コーラス、そば打ち、メダカの飼育など楽しんでいる。

日課のウォーキングをする雨宮さん

 地質・水質の調査会社で転勤を繰り返して63歳まで勤め上げ、退職後は経験を生かして大阪市内で起業し、73歳まで働いた。人生に大きな影響を与えたのは、54歳の時に遭遇した阪神淡路大震災。混乱する被災地域の土砂崩れ、構造物の崩壊調査に当たった。毎日早朝から車に相乗りして現地へ向かい、徒歩で調査する毎日だったという。

心に余裕を

 「真冬での重労働がこたえて体調を崩し、病院で軽い不整脈と診断された。若い時には山登りが趣味で薬ひとつ飲まなかったが、それ以降はこれ以上体を壊さないよう、心に余裕を持ち、無理をしない程度で体を動かすよう医者から指導された」と話す。

 しかし、現役時代は趣味や体力づくりに費やす時間の余裕はなかったという。60代後半になってようやく余裕ができ、まず70歳で二胡のサークルに入り、施設への慰問などで演奏を披露。また大好きなそばを自分で打ってみたいと市内外の愛好家でつくる「伊賀手打ちそばの会」に入会。今では新人に技術を教える指導者の一人だ。

「役に立ちたい」

 早朝ウォーキングを始めたのは69歳の時。地元の鹿島宮から桔梗の森公園を周回し、公園内の東屋でラジオ体操をするのが日課だ。今では月平均で34万歩は歩くという。身長166センチ、体重はピーク時より6キロ落として63キロ、軽快に歩く。更に、ピアノや男声コーラスのサークルにも入会。「指や頭を使い、発声することは老化防止になるし、メンバーとのコミュニケーションも図れて楽しい」と笑う。

 「地域にできるだけ役立ちたい」と、71歳の時に桔梗が丘自治連合協議会プロジェクト事業の一環として、地区民が集う喫茶「ほっとまち茶房ききょう」の立ち上げに関わった。2年後には、「ききょう農楽園」の造成を計画・立案し、運営委員とともに7区画の菜園を完成させた。現在は地区老人クラブ「桔寿会」の会長を務める。

 そば打ちへのこだわりはますます高まり、昨年からは津市美杉町太郎生にある友人の畑で種まき、刈り取り、脱穀、石臼による製粉までを仲間4人で行っている。「できたそば粉を打ち、皆で食べるのが楽しみ」という。

 雨宮さんは「自分のペースで好きなことをさせてもらっているが、それが地域に少しでも役立つのならうれしいし、やりがいを感じる」と語った。

2023年2月25日付838号3面から

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