【自らデザインした服を身に着け、トマトを収穫する北さん=名張市で】

 アパレルブランドを運営するデザイナー「KITAMASA」こと北雅文さん。三重県名張市の農業生産法人「風農園」の田上堅一代表との交友から昨年11月に同市で住まいを借り、指導を受けながらトマトのハウス栽培に携わっている。サングラスの奥では、世界の子ども支援と農業とを掛け合わせる未来図を描く。

 北さんは岡山県津山市出身で、高校卒業後に上京してデザインを学び、英国ブランド・バーバリーの商品を取り扱う企業に就職。独自ブランドを立ち上げたり、店舗を経営したりと多忙な10年余りを送った。

 4年ほど前、自分を見つめ直そうと東京を離れ、アートディレクターやカメラマンのアシスタントを経験しながら進路を模索。2019年にはカメラを手にヨーロッパにも渡り、各国を巡った。

ある少女との出会い

 2か月間の旅の最後に、ギリシャのアテネを訪問。昼食時に7、8歳くらいの少女3人が北さんの元にやって来て、輝くような表情でアコーディオンなどの楽器を演奏してもてなした。「小さいのにすごい」と感じ入り、他の観光客と同様にチップを渡して、特に笑顔が印象的だった1人の姿を、許可を得て撮影した。

 帰国後、データを確認すると、笑顔の印象しかなかった少女は、写真の中では苦労に満ちた大人の表情をしているように感じられた。「もしかしてこの子は学校にも行けず、お金を稼がなければならないのでは」

北さんがギリシャで出会ったアコーディオンの少女(北さん提供)

 この出来事をきっかけに、海外の子どもたちのことを調べた。奇麗な水や衛生的な環境が無い、予防接種が受けられない、栄養状態が悪い、紛争下にあるなど、さまざまな状況を背景に、世界では5歳未満の子どもが年間500万人以上死亡している現実を知り、がくぜんとした。同時に、残りの人生を捧げる道が定まった。

ブランド設立で継続支援

 旅から戻った翌年、幸福と希望を象徴する黄色をイメージカラーとしたアパレルブランド「MAKEYELLOW(メイクイエロー)」を設立。ネット通販やイベント出店を通じて服などの製品を販売し、収益の一部を子どものために寄付するプロジェクトとすることで、困窮する子どもたちを少しでも減らす継続的な支援活動を目指した。これまでに、国連機関のユニセフや非政府組織「国境なき医師団」の他、ケニアのスラムで学校を運営する早川千晶さん、バングラデシュで食事提供や学校建設を進める藤原ひろのぶさんの活動に寄付をしている。

 そんな中、イベントを通じて田上代表と昨年知り合い、オンラインで互いの思いを語り合うようになった。イチゴ苗の定植会で参加者に配るTシャツの制作を頼まれ、北さんはデザイン考案のため9月に名張を訪問。その時にトマトの栽培を初めて体験し、「農業は超クリエイティブだ」と衝撃を受けた。

 5日間の滞在を終えて岡山に戻り、パソコンでデザインの仕事をしていたが、自ら植えたトマトのことが頭から離れなかった。人手不足に悩む風農園の事情を知ったこともあり、その後は2週間に1回ほど名張を訪れ、トマトの世話役を無償で続けた。「田上代表の農業への情熱に心を動かされたのと同時に、成長していくトマトへの愛情がどんどん大きくなっていった」と振り返る。

「体験」の仕掛け 名張から

 11月上旬、農業をしながら従来の活動を展開していくことを決断した。田上代表には「飯と住む場所だけ用意して」と伝え、岡山から名張へと引っ越した。「植物と相対することは自分の活力になり、癒やしにもなる。その上、いろんな人たちともつながれる。ここには全てがそろっている」と言い切る。

 農業と本業を両立させる暮らし方は「半農半X(エックス)」と呼ばれるが、北さんは「農業」と「子ども支援」の両立を思い描く。「農業に魅力があることは言うまでもない。更に『日本でここでしかできない体験』をこの場所から仕掛け、子ども支援の輪を広げていきたい」と先を見据えている。

 北さんの風農園での活動はインスタグラムのアカウント「ロマンティックトマトおじさん」(@romantic_tomato)で発信している。

ハウス内で収穫したトマト入りの箱を手にする北さん=同
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