【ウクライナの民族衣装を身に着け、次女を抱きながら心境を語る浅井さん=伊賀市役所で】

 ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が続く中、戦火の首都キエフから2歳と4歳の娘を連れて脱出し、出身地の三重県伊賀市に避難した浅井絵利香さん(36)が3月30日、市役所を訪問し、心境を語った。

 浅井さんの夫(37)はウクライナ人で大学講師、翻訳家。日本への留学中に浅井さんと出会い、9年前に結婚。大阪府内で暮らしていたが、ウクライナで1人暮らしの義母の身を案じ、昨年3月に家族4人でキエフへ移った。

 侵攻が始まったのは2月24日の朝。浅井さんは「突然ドーンとすごい音が鳴って、何の音だろうと窓の外を見たら、ミサイル攻撃の光が見えた。それで戦争が始まったと分かった」と話す。

 地下シェルターに身を隠す中、自宅周囲は戦場と化し、爆発音が連日鳴り響いた。「子どもたちの無事が、私たち夫婦の最優先」。危険な外に出ることへの恐怖、子ども2人連れで難民になることへの不安で悩んだという。

青と黄のウクライナ国旗色にライトアップされた伊賀上野城(3月6日撮影)

 そんな状況下、地元の伊賀上野城が青と黄のウクライナ国旗色にライトアップされたネットニュースを目にした。「すごくつらい時に見て、絶対に生きて伊賀に帰ろうと思った。勇気付けられた」と振り返る。

 3月4日にキエフを電車で出発し、5日にスロバキア国境を越えた。ボランティアの車でチェコのプラハに向かい、11日には飛行機で日本の関西国際空港に到着し、伊賀市内の実家までたどり着いた。夫と義母は今もキエフに残っているが、ここ2週間ほど周囲の状況は落ち着いており、ウェブ電話を通じて連絡も取れているという。

 浅井さんはこの日、自身の体験を語った上で、岡本栄市長にウクライナ支援のチャリティーイベントの計画を相談。岡本市長は協力する意向を示した。浅井さんは取材に、「ウクライナの人はすごく親日家で、復興支援で日本は期待されていると思う。あちこちにミサイルが落ち、道路も橋も壊れている。戦争が終わったとしてもほっとできる状況ではなく、日本から協力できることがたくさんある」と語った。

 また市はこの日、30日までを予定していた伊賀上野城のウクライナ国旗色のライトアップを、4月以降も当面、継続することに決めた。

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