【2020年の全日本実業団対抗駅伝で5区を走る辻野選手(NTN陸上競技部提供)】

マラソンで2時間10分切り コロナ禍でも「最善尽くす」

 目標は2024年・パリ五輪の日本代表―。三重県名張市桔梗が丘出身で、NTN陸上競技部(桑名市)に所属する辻野恭哉選手(25)が、今年2月の「びわ湖毎日マラソン」で自身初めて2時間10分を切るタイム(2時間9分48秒)を記録した。初マラソンから1年半、これまでの三重県記録を1分以上更新し、「一人でも多くの方に元気を届けられる走りができるよう、精いっぱい競技に取り組みたい」と、更なる活躍を誓っている。

辻野恭哉選手(同)

 幼少時はサッカーや空手に汗を流し、兄の影響や友人の誘いなどもあって、北中学校に進むと本格的に陸上競技を始めた。最初は棒高跳びの選手だったが、2年から長距離に転向。駅伝の強豪・伊賀白鳳高(伊賀市緑ケ丘西町)では年末の全国高校駅伝大会で2年時に4区6位、3年時に1区4位と、チームの2年連続3位入賞に貢献し、日本体育大時代は全日本大学駅伝で地元・三重も走った。

 NTN入社後、2019年8月に初マラソン(北海道マラソン、2時間22分6秒)を経験し、20年3月のびわ湖毎日では2時間12分4秒を記録。同年10月に10000メートル(28分48秒52)、今年2月にはハーフマラソン(1時間2分46秒)で自己記録を更新し、好調をキープして臨んだ2度目のびわ湖毎日は、鈴木健吾選手(富士通)が日本記録を更新するなどハイペースとなる中、辻野選手は三重県選手最上位の41位でゴールした。

 「地道な練習を人一倍、泥臭く積み重ねてきた結果。本気でマラソンに取り組む覚悟ができたことで、練習や生活、行動が全て変わった」。レースを終え、そう語った背景には、練習計画からコンディション調整まで、長期間の準備を支えてくれる指導者やチームスタッフへの感謝があったからに他ならない。

 チームは同社の前身・東洋ベアリング時代の1950年に創部し、今年で65回を数えた全日本実業団対抗駅伝(ニューイヤー駅伝)に56回出場(旭化成、カネボウに次ぐ3位)している古豪で、辻野選手はマラソンで2時間10分を切った最初の日本人選手としてチームの歴史に名を刻んだ。普段は中・長距離部門の選手11人とともに、朝練習、勤務、午後練習というサイクルで活動し、「結果で恩返しを」と、会社や職場のサポートに感謝する毎日だ。

 しかし、昨春以降は新型コロナウイルスの影響で、予定していた試合や合宿は軒並み中止に。「コンディションやモチベーションの維持にはとても苦労したが、我々だけでなく世界中の方が同じ状況に直面している。今できる最善を尽くそう」。今春から指揮官も替わり、チームとして、個人として目指すべきところを見定めている。

 長距離走を始めたころから描いてきた「マラソン選手になる」という夢に沿って走り続け、パリ五輪での日本代表入りという大目標に一歩近付いた。将来は自身が競技を通じて感じ、学んできたことを次世代へ伝えていきたいといい、地元の子どもたちへ向けては「自分自身の未来は自分次第で大きく変えることができる。さまざまなチャレンジをして、たくさん失敗もして、大きな夢を持って毎日を過ごしてほしい。ともに頑張ろう」とメッセージを寄せてくれた。

2021年5月29日付796号2面から