1921(大正10)年の開業から間もなく100年を迎えるJR関西線・新堂駅(伊賀市新堂)の、旧駅舎の取り壊しが間もなく始まる。駅舎としての役目は15年以上前に終えており、所有するJR西日本が老朽化に伴い、今年度中に解体に着手する予定だ。【解体予定の新堂駅旧駅舎】

 「伊賀町史」によると、私鉄「関西鉄道」の路線として柘植‐上野(現在の伊賀上野)間が1897(明治30)年に開通し、国有化後、周辺の西柘植村、壬生野村、鞆田村(いずれも当時)の住民運動によって前身の「新堂停車場」が開業。瓦ぶき平屋の旧駅舎はその当時に建てられたもので、2002年にホーム上に簡易駅舎が整備されるまで使われてきた。

旧駅舎側ホームの路線は既に撤去されている

 近くに住む、同駅に勤務経験のある元国鉄職員の男性(79)によれば、昭和の中ごろにはこの駅舎に5人前後が常駐し、旅客以外に貨物も扱っていたという。

 1950年の記録では木材、工品、米、薪などが主な取扱品で、現在も出札業務を担当する元職員の男性(73)は「宅配便が無かった時は小荷物が利用され、秋にはマツタケの荷物が多かった」と振り返る。

駅名板は保存へ

 解体後の跡地利用は未定で、地元からは旧駅舎の譲渡や利活用など、明確な要望は出ていないという。駅舎正面に掲げられた墨書きの駅名板は、かつて同駅に勤務した故・川崎彌市さん(伊賀市御代)が書いたもので、京都鉄道博物館(京都市下京区)で保存されることが決まっている。

2019年8月24日付 754号 16面から