国の文化審議会は18日、名張市から山中家住宅(本町)主屋など4件を登録有形文化財(建造物)にするよう文部科学相に答申した。登録されれば、県内では263件、市内では24件となる。【山中家住宅主屋の外観=名張市本町で】

 国の登録有形文化財は、消滅の危機にさらされている文化財建造物を後世に継承していくための制度。

 今回、初瀬街道に東面する主屋の他、敷地奥にある離れ、北蔵、南蔵の計4件が答申の対象となった。【北蔵正面の扉】

 所有する山中家は明治時代初期に旧国津村から移った家で、それ以前には18世紀中ごろに酒造業「賀渡屋」、19世紀初めごろに宿屋の「角屋」が、街道の曲がり角に当たる同地に営まれていたという。江戸時代の測量家・伊能忠敬の一行が1808年に名張に立ち寄った際、「角屋」を宿舎とした記録も残っているそうだ。

 主屋は天井の低い2階部分がある木造厨子(つし)2階建て延べ約241平方メートルで、切妻造りの北棟と、入母屋造り南棟からなり、それぞれ玄関が設けられている。北棟は住居、南棟は宿泊客用に使用されたという。

 建築年代は、北棟屋根の鬼瓦に彫られた「嘉永六年(1853年)」の文字などから、少なくとも19世紀中ごろと推定。明治時代初期の図面によると、かつては南側にさらにもう一棟連なっていたことが分かる。【鬼瓦の側面に残る「嘉永六年」の文字】

 主屋の北にある北蔵(木造2階建て約57平方メートル)は平瓦を壁に並べ継ぎ目を漆喰で塗り固めた「なまこ壁」を施し、敷地南西隅の南蔵(木造2階建て約39平方メートル)は穀物庫として利用された。敷地北西隅の離れ(木造2階建て約78平方メートル)は明治時代前期の建設とみられ、1階は簡素ながら、2階は客間として付書院や彫刻欄間を施した豪華な造りだ。

 調査を担当した市文化財調査会委員の岩見勝由さんは、「江戸時代の情緒をよく残した大型町家で、保存状態が非常に良い」と評価。また、市内で過去に登録された20件も、同市上八町から新町まで約2キロ間の初瀬街道沿いに集中しており、「短い距離にこれだけ多くの文化財が残るのは、全国的に見ても珍しく、価値のある街並み」と話した。