身近な地域を記者が実際に歩いて巡る「てくてく歩記」。今回は、伊賀市を東西に流れる服部川の両岸を歩き、旧伊賀街道の周辺にある、車では行けない寺院や磨崖仏などを見て回る約9キロのコースを紹介します。(取材・山岡博輝)【写真1枚目 大光寺の鐘楼堂から本堂を望む】

 日に日に暖かさが増してきた2月26日朝、今回のスタート地点となる同市荒木の須智荒木神社へ。4、5メートルはあろうかという大きな石灯籠を見ながら、66段の石段を上がったところに真新しい参籠所があります。強い風で木々がざわめくなか、午前9時半に出発しました。

 水路に沿って家々の間を抜け、服部川沿いの竹林を遠望しながら国道163号に差し掛かると、交差点脇には、「鍵屋ノ辻」での「伊賀越仇討」で知られる荒木又右衛門の生誕地碑があります。寺田橋を渡り、消防団ポンプ庫から東に折れると、左手には南宮山と岡山が並んでいます。ともにそれほど標高は高くないように思えましたが、近づいていくと、仰ぎ見るくらい高く見えました。

【大光寺へ向かう道にある「北向地蔵」】

 毘沙門寺の入口から坂を上っていくと、舗装路はほどなく途切れ、山道に。3体の地蔵が彫られた大きな岩は「北向地蔵」と名が付いているようで、鎌倉時代のものだそうです。木々の間から青空がのぞき、頭上からはウグイスの声も聞こえてきました。

 山道を15分ほど進んで鋭角に曲がった先に、大光寺の本堂が見えてきました。南宮山への登山道の途中にあり、車道はありません。しかし境内は奇麗に整えられ、北側には立派な鐘楼堂もあります。石段に腰かけて一息つくと、吹き上げてくる風が心地良く感じました。山道は往復30分ほどでしたが、日差しもあり、思わず途中で上着を脱ぎました。

【国道163号脇にある中ノ瀬摩崖仏】

 寺田の集落まで戻り、今度は国道を東へ。ここからは大型車が多く歩道の無い、ウォーキングには不向きな箇所です。時折後ろを振り返り、車列の途切れたタイミングで少し進み、また立ち止まってを繰り返しました。そんな途中にある中ノ瀬磨崖仏は、高さ6メートルほどの岩肌で存在を誇示しているようでした。

 折悪く道路標示を直す工事中でしたが、砂ぼこりにまかれながら何とかやり過ごし、千戸集落の入口へ。川原の枯れ草の中に小さな紅梅が1本だけ花をつけています。古めかしい真泥橋を渡って西へ向くと、「車両、本当に通行できません」の看板が。しかし、その脇の「徒歩では通行できます」の文字を見て安心しました。

【千戸から荒木への道。竹林の中を進む】

 この道は旧伊賀街道ですが、看板の通り、真泥の西端の集落を過ぎると獣害対策のフェンスが立ちはだかり、車両は通れません。扉を開けて歩を進め、真っすぐに切り立った岩肌をよく見ると、磨崖仏が彫られた岩がいくつも連なっています。ひときわ大きな岩には「八幡宮」の文字も。たくさんの磨崖仏を見たので、全ての岩が磨崖仏のように見えてきました。

【千戸~荒木の間にある摩崖仏のひとつ】

 落葉の積もった道から砂利道に変わったころ、ふと水音が。垂直に切り立った高さ10メートルほどの苔むした岩肌に、細長い滝が現れました。全て意図したわけではありませんが、最近のこの企画では、頻繁に滝を紹介しているような気がします。

【道中の山手に現れた小さな滝】

 川面が少しずつ近くなり、荒木の集落に入って午後0時半ごろ、須智荒木神社へ戻りました。歩数計は1万1716歩でした。車などで行けない場所には、歩いてそこを訪れた人だけが触れることのできる新鮮な発見があるかもしれない、と改めて感じた3時間でした。