名張市制施行から毎年秋に行われている名張市戦没者追悼式が、11月2日あり、遺族など500人が、戦争の犠牲者を悼んだ。式では西南戦争以降、名張から出征し、亡くなった1190人に対し、黙祷や献花などで哀悼の意を示した。【献花を行う参列者=名張市松崎町で】

 亀井利克名張市長は冒頭の式辞で「故郷の妻を思い、父母や子を思い、兄弟姉妹を思いながら、苛烈を極めた戦場に倒れ、戦禍に遭われ、あるいは戦後、遠い異郷の地で命を落とされました。今静かにまぶたを閉じ、戦禍に倒れられた皆さま方に思いをいたす時、新たな悲しみと痛恨の年が切々として胸に迫るのを禁じえません」と戦没者へ思いをはせた。

 遺族を代表して、名張市遺族連合会の山口繁一会長(88)は「B29の体験も、住宅地が焼けていく実態も、若い同僚が目の前で倒れていく実態も、暗い暗い軍国主義の時代の実態も、いろいろな悲惨な実態を名古屋市内で体験した男です」と自身の経験を振り返り、追悼の言葉を述べた。

 式後、取材に応じた山口会長は、「(戦争を)知っているからこそ、戦争の恐ろしさ、平和の大切さを伝えていかなければ」と話した。13から15歳の時に第二次世界大戦を経験し、当時24歳の兄を戦場で亡くした。自身も、愛知県内の工場で働き、空爆などを体験したという。