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 松尾芭蕉の高弟で、伊賀蕉門の中心だった俳諧師、服部土芳(1657‐1730)の遺徳をしのぶ「土芳忌」が命日の1月18日、伊賀市長田の西蓮寺で営まれた。芭蕉翁顕彰会の主催で、墓前法要では参列し俳句愛好家や市民ら約30人が墓碑に手を合わせた。【読経する武田圓寵住職と参列者ら=伊賀市長田で】

 土芳は同市出身。同郷の芭蕉と幼少期に親交があり、「野ざらし紀行」の旅中だった近江国水口(現甲賀市水口町)で20年ぶりに再会したのを機に俳諧一筋に専念し、32歳だった元禄元(1688)年に蓑虫庵(同市上野西日南町)を開いた。墓所は長年明らかになっていなかったが、1960(昭和35)年に芭蕉翁記念館の館長だった故山本茂貴さんが境内で発見した。
 最大の功績は芭蕉晩年の俳論を整理した「三冊子(さんぞうし)や芭蕉生涯の全作品を編んだ「蕉翁句集」など三部書の完成。顕彰会の西田誠会長は「土芳が後世に残してくれなければ、芭蕉の偉大さは伝わってなかったでしょう」と功績をたたえた。
 墓前法要の後には、同寺食堂で顕彰会学芸員の増田雄さんの講話「土芳と芭蕉 二十年を経て故人に逢ふ」や上野ふれあいプラザ(同市上野中町)で「土芳を偲ぶ俳句会」があった。