170812_11.jpg 1875(明治8)年から日本酒造りを続ける名張市安部田の福持酒造場(福持博文代表)(83)。代表銘柄「天下錦」で知られる老舗の蔵も、後継者がいないこともあり、ここ数年、生産量は最盛期の20分の1まで減少、廃業を意識せざるを得ない状況だった。そんな蔵を何とか残したいと立ち上がったのが羽根清治郎さん(39)。今年、3年目を迎える若き造り手に期待が高まっている。【新ラベルの「天下錦」を手に意気込む羽根さん=名張市安部田で】


 羽根さんの母方の祖父の告別式があった3年前、祖父の弟である福持代表と20年ぶりに再会。その際、福持代表から「酒を造らんか」と声を掛けられた。当初は冗談だろうと思っていたが、後の法要の席でも再度声を掛けられたという。

 当時、羽根さんは東京でIT(情報技術)関係の仕事に就き、技術者として働いていた。日本酒を好んで飲んでいたわけでもなく、酒造りの知識も興味もなかった。

 しかし、福持代表の言葉が頭に残り、2年前の1月に蔵の仕込みを見学。「80代のボス(福持代表)を筆頭に、手仕事で酒造りに取り組む姿を見て、無くしてしまうのはもったいないと思った。これも何かの縁かな」と、この時、酒造りを決意したという。

 同年春には仕事を辞め、東京から名張へ移り住み、6月から蔵内の住み込み部屋での暮らしをスタートさせた。

 酒造りは冬に行うが、蔵では原料に使う酒米作りから手掛けているため、夏は農作業を手伝いながら講習を受けるなど、酒造りの勉強に励んだ。「日本酒もいろんな蔵のお酒を積極的に飲みました。飲んでみると味幅が広くておいしかった」

 その年の冬、福持代表とともに杜氏として1年目の酒造りに挑み、昨年2年目の酒を造った。ラベルデザインも一新。イベントにも積極的に出向き、自ら販促活動に勤しむ。

 「酒造りは、正直まだまだ技術不足を痛感する日々。設備面のことなど課題もたくさんです。でも、最初から最後まで自分の手でするという仕事のやりがいと責任を感じています」と羽根さん。

 現在は、鈴鹿市内の酒蔵で修業中だ。「今後は純米酒の割合を増やし、生産量も増やしたい。福持酒造場に新しい風を吹かせたい」と意気込みを語った。

2017年8月5日付705号19面から