西原~美旗新田

 ここから美旗新田駅跡までは廃線跡でなく、現在の整備された道を歩くことになります。この間には当時の貴重な遺構が2つ残っています。


571_012.jpg 一つは近鉄大阪線と交わるガード跡。以前は道路として転用されていましたが、今はすぐ横に整備された道が走っています。
 もう一つはそのガード跡からほぼ一直線の延長上にある小波田川に残る鉄橋。現在も何本かの枕木が残っていました。
 「美旗新田駅」跡は、貴人塚周辺にありましたが、今では何の面影も残っていません。田園が続くのどかな場所です。気が付くと、出発から約2時間が経っていました。

美旗新田~伊賀神戸

 当時の伊賀線は美旗新田駅から伊賀神戸方面へは切り通しで下降して行き、新田水路が走る堤を廃線区間で唯一のトンネルでくぐり抜けていました。
 美旗方面から堤を見ると、切り通しは全て埋め立てられ、ここにトンネルがあったとは想像もつきませんが、反対側には竹やぶ沿いに切り通しが残り、今でもレンガ積みの坑口が辛うじて確認できます。
 常夜灯から道は下り坂。民家を抜けると道は車1台が通れるか通れないかの細い農道になり、水田が続く風景に……。
571_014.jpg 複数の農道が並行して走っているのでどれが廃線跡なのか分からなくなってきましたが、近鉄大阪線と交差する手前で水路をまたぐ橋があり、良く見ると鉄橋の上に枕木を並べた道になっていました。
 これが廃線跡で、伊賀神戸駅が開業するまで、この付近に「庄田駅」があったそうです。
 当時は近鉄大阪線の下をくぐり抜け、伊賀神戸駅へと至っていましたが、今は構内西端の柵にさえぎられており、時代の流れを感じさせました。
 てくてく歩記の終着は伊賀神戸駅前。午前10時にスタートして、昼の休憩をはさみ、到着したのは午後2時25分でした。
「あ、疲れた」
 全行程は記者の足で約3時間、市販の歩数計で1万3067歩。帰路は電車を使いましたが、健脚自慢の方なら歩いてでも帰れる距離だと思います。47歳のオヤジ記者にはいささか荷が重過ぎました。
 名張へと向かう車窓から、奇麗なカーブを描きながら美旗へと続く廃線跡がはっきり見てとれたのが印象的でした。次回は逆ルートで挑戦してみたいです。

 今回の伊賀線廃線跡のルート選定や当時の様子、写真は名張市下比奈知の山崎寛さんのご教授とご協力を頂きました。お礼申し上げます。

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西名張~八丁
 → 八丁~蔵持~西原
 → 西原~美旗新田~伊賀神戸

伊賀タウン情報YOU 第571号「帰ってきたてくてく歩記 番外編」より

 あなたがおすすめする伊賀地域の穴場的ウオーキングコースを教えてください。オヤジ記者が自ら歩いて紹介します。