江南さんの遺志継ぐ
戦争を体験した世代が少なくなるなか、三重県名張市桔梗が丘5番町の住民らの話をまとめた本「私たちの戦争体験談」が完成した。収められているのは市内外での空襲、原爆投下、中国大陸からの引き揚げなど30人以上の体験談。編集の中心人物で昨年9月に84歳で亡くなった江南登美さんの遺志を継いだ編集委員の上田博さん(84)や山口晴雄さん(78)らが、一丸となって仕上げた。
江南さんの長女で兵庫県西宮市に住む岩谷智圭さん(57)は「母にとって戦争は本当に悲しい体験で、『戦争を二度としてほしくない』という思いから命がけで本を作っていた」と振り返る。江南さんが同年5月に倒れた時、近くには書きかけの前書きの原稿があった。数日前には「書きたいことがあふれて、まとめるのが大変」と話していたという。
2007年から18年まで毎年、70歳以上が対象の「桔梗が丘5番町サロン」で、「若い人たちに戦時中の話を聞いてもらい、考えを深めてもらおう」との趣旨で、地元の小学生を招いて「戦争体験を聞いてもらおう会」が開かれた。小中学校の教員を長年務め、市内初の女性校長にもなった江南さんは、会の発足当時は民生・児童委員の一人だった。高齢者たちが語った内容を江南さんが中心となってテープ起こしし、記録に残してきた。
各地の出来事を収録
桔梗が丘地区は1960年代から開発が進んだ住宅地で、全国各地の出身者が移住していた。そのため戦争体験の話に登場する場所は名張に留まらず、関東から九州、中国の大連や満州にも及んだ。生々しい体験談に、子どもも高齢者も涙を流し、「戦時中の日本には戻したくない」と語り合ったという。
民生・児童委員の平岡ちえみさん(67)の義母美智子さん(90)は、機銃掃射で姉を失った体験を会で語っていた。平岡さんは「この会がきっかけで、『義母がこんなに悲しい体験をしていたんだ』と初めて知ることができた」と振り返る。
回を重ねるうち、初期に体験を語った人が他界したり、施設入所などで地域を離れたりするケースも出てきた。江南さんは危機感を覚え、体験をまだ語っていない高齢者の元を自ら訪ねて話を聞き取る活動も展開した。
製本の悲願 小中学校や図書館に寄贈へ
会で語られた内容や江南さんが取材した話は、A4用紙をつづった手製の冊子にまとめてきたが、後世に残すには心もとなく、製本することが会のメンバーの悲願だった。数年がかりの働き掛けが実り、地元自治連合協議会の協賛で2022年度中に本を作ることが決まったが、江南さんは完成を見ずに帰らぬ人となってしまった。
本はその後、上田さんや山口さんらの尽力で今年2月下旬に完成した。上田さんは「いろんな話が収められているが、語った人の3から4分の1くらいは既に亡くなってしまっている。貴重な記録を後世に引き継ごうという一心で、何とか完成させた」と話す。山口さんは「読んだ人に、戦争は絶対にしてはいけないということを感じて頂き、語り継いでいってほしい」と願う。
完成を知った岩谷さんは「母にとって、本のことは一番の心残りだったと思うので、本当に良かった。心から感謝したい」と話した。
本はA5判153ページで280部を発行。市内の小中学校や市立図書館、県立図書館などに寄贈する予定だという。
2023年3月25日付840号1面から