昭和、平成、令和と80年以上愛用するミシンで、伊賀市摺見の中森登世子さん(95)が衣服や小物を手作りしている。21歳で嫁ぎ、主婦として家を守りながら縫った品は数知れず、どれも中森さんの愛情と真心が込められている。

日常のメンテも自身で

 ミシンは三菱製の足踏み式で、入学した県立阿山高等女学校(現上野高校)で裁縫の授業があり、父から贈られたという。革ベルトの交換や油差しなど日常のメンテナンスも自身でこなす。

 女学校の授業では体操着や戦地へと向かう兵隊への慰問袋を作り、結婚後は婦人雑誌の付録だった型紙を参考に、家族の普段着をほぼ全て縫った。

 コロナ禍で不織布のマスクが店頭から消えた今年春には、自宅にあったガーゼのハンカチや手ぬぐいを代用に使い、都内に住むひ孫らに約30枚送って喜ばれたそうだ。

生かすリメイクの名人

 同居する長男の博高さん(70)は中学入学まで既製服を買ってもらった記憶がない。当時の思い出について「下着からパジャマ、野球のユニホームまで手作りだった。店で売っている服を着た同級生をうらやましく思ったこともあったが、母親お手製の服は仕立てもしっかりしていて、気に入っていた」と懐かしんだ。

 中森さんはリメイクの名人でもあり、自宅にある和服の生地など古いものを生かして作ることが多い。現在使っているエプロンも、5年前に亡くなった夫の茂樹さんが着ていたワイシャツを再利用した。

 母屋南側の縁側が作業場で、愛機の前にほぼ毎日座る。「ミシンは私の分身。次は何を作ろうかな」。手作りへの意欲はまだまだ尽きない。

2020年9月12日付779号1面から