伊賀市上友田の会社員、喜久永朋子さん(35)は2年前、父の恵之さんの死をきっかけに、代々続く米作りに携わるようになった。病気で入退院を繰り返すようになってもなお、「絶対に田んぼは減らさない。米作りは、続けることに意味がある」と、頑なに約12万平方メートルの田植えをした父から受け継いだ思いを胸に、照り付ける日差しの下、母の冨美代さん(61)や弟の晃一さん(33)とともに2年目の米作りに汗を流している。【苗の列を確認しながら田植えを進める喜久永さん=伊賀市上友田で】

喜久永さん(右)と生前の恵之さん(提供写真)

 兼業農家の長女として生まれ、米作りに励む父の背中を見て育った。20代前半は興味のあった美容系の学校に進み、ネイリストを目指した時期もあった。

 転機となったのは2017年秋。父が病に倒れたのだ。入退院を繰り返すようになり、翌年8月に容体が急変し、62歳で帰らぬ人となった。葬儀後、広大な田は実りの秋を迎えたが、父の居ない稲刈りは人手が足りず、親類や近隣住民の手を借りた。

 冨美代さんは喜久永さんと晃一さんに、喜久永家の米作りの行く末を問うた。悩んだ末の答えは「お父さんが一生懸命続けてきたもの。私たちにできる範囲で続けていきたい」。喜久永さんにとって、本格的に米作りに携わるのは初めてで、母に教わりながら挑んだ。

 しかし、農業は楽ではなかった。炎天下の草刈りは特に大変で、台風や大雨で稲が倒れたり土手が崩れたりすることもあった。「大自然と向き合ううち、父が語った『続ける意味』も少し分かるようになった気がする」と喜久永さんは話す。

育苗施設で田植えの準備をする喜久永さん(右)と冨美代さん=同

 父が県内で初めて導入したという水耕栽培の育苗施設を始め、負担軽減のための設備が多く残っていた。父が担っていた日常の水の管理は母と一緒に、草刈りは3人で役割分担。地域の人とも、昔以上に親しくなった。秋に稲穂を手にした時には、「経験したことのない達成感があった」と振り返る。

 今春、コロナ禍で勤務先が休業になったが、田植えシーズンは変わらずやってきた。「今年もしっかりと、おいしいお米を作るよ」。喜久永さんは天国の父に誓う。

 農林水産省の資料によれば、2015年の国内の農家戸数は約215万戸で、2000年と比べ約3分の2に減っている。伊賀ふるさと農業協同組合によると、伊賀地域も例外ではないという。生産者の高齢化への対応、次世代への継承が課題となっている。

2020年6月13日付773号1面から