伊賀市教育委員会は3月26日、文化財保護審議会から答申のあった、考古資料「下郡遺跡出土木簡」を市指定有形文化財とすることを決定したと発表した。文化財課によると、土師器や須恵器の裏底や側面に文字や模様などを記した墨書土器を除けば、「伊賀地域で最古の文字資料」だという。【新たに市の有形文化財に指定された「下郡遺跡出土木簡」】

 木簡は縦26・2センチ、幅は最大2・7センチ、厚さ3ミリ。1978(昭和53)年に木津川改修工事に伴う発掘調査で同市下郡にある下郡遺跡の井戸跡から出土した。確認できる裏面の文字から奈良時代末(783年から791年)か、平安時代初頭(801年)に製作されたとみられる。

 同課によると、伊賀国伊賀郡に住んでいた沓縫阿備麻呂を戸主とする一家が、地方官の郡司に租として稲を納めるときに提出した木簡と推測。出土によって古墳時代から中世までの複合遺跡であった下郡遺跡の近辺に、地方役所の郡衙が存在した可能性が強まったと説明する。

 また、市教委は、昨年3月に市の有形文化財(建造物)に指定した坂倉準三設計の旧上野市庁舎に、「当初設計図」と実際の「設計図」、「竣工図」の建築関係図面4点(計180枚)を付け加えることを決めた。

 当初設計図は庁舎建設計画が1958(昭和33)年6月に決定したことを受け、59(昭和34)年3月から7月に作製された。しかし、市が財政再建団体として国の指導・監督を受けることになり、同年8月に計画が凍結。63(同38)年から64年の間に改めて設計図が作り直された。