180209_11.jpg 卒業から52年、クラス全員で同窓会を開きたい?。名張高校農業機械科第2期卒業生がこのほど、名張市内のホテルに恩師を囲んで集まった。恩師は94歳、卒業生は70歳。音信不通者もいるなか、卒業後の足跡をたどって連絡を取り、果ては菩提寺の墓に置き手紙をするなど、世話役の半年間にわたる奔走劇の末にかなった同窓会だ。【連絡を求める置き手紙を手にする坂本さん(写真の一部を加工しています)】


 同科2期生は27人が在籍し、教員3人が指導していた。昨年4月、1人の級友が亡くなり、伊賀地域に住む学友たちが集まった。その席で「恩師も存命で元気なうちに、同窓会を」と声が上がった。

 その世話役を任されたのが、名張市夏見の鉄工所経営、坂本健蔵さん(70)だ。「全国3番目に設立された最先端の科で、教師、生徒も精鋭ばかり。その自負もあり、皆、親密だった。だから、絶対に全員でなければ」と情熱を傾けた。

 音信不通だったのは、一志町(現・津市)から通っていた2人。同窓会事務局で当時の住所を聞き、早速現地へ向かった。

 「同級生を探している。全員で成し遂げたい。このあたりにいないだろうか」。駅周辺の交番や、出会った住民に声を掛け、経緯を話した。初めは不審がっていた人たちも、誠実な思いが伝わったのか、民生委員や近隣住民らが心当たりのある住居へ案内してくれ、わずか1日で1人と連絡が取れた。

 7月、残る1人の地元を訪ねた。盆の帰省を当て込み、地域の共同墓地を管理する菩提寺へ足を運んだが、空振り。そこで思いついたのが置き手紙だった。親類の目に留まればと、寺に許可を取り、約300基のうち、級友と同姓の6基に「大変失礼なこんな形で墓主さまにお願いする失礼を……」と前置きした手紙を、雨風をしのげるろうそく立ての中に残し、連絡を待った。

 彼岸も越えた11月下旬、墓参りに来た近隣住民から親族を通じ、本人に連絡が届いたという。「そりゃあもう、びっくりしかない」と振り返るのは、大阪府交野市の西浦俊光さん(70)。経緯が分からず坂本さんに電話をかけた時も、「誰だったか」と、ピンとこない。しかし、会話を交わすうちに合点がいったようで、出席を快諾した。

180209_11-2.jpg 坂本さんの奔走で、故人を含む全員の所在が明らかになり、同窓会には17人が出席。最も遠方の級友は埼玉県から足を運んだ。校歌を歌い、先立った恩師と仲間をしのんで、仲間がこのために用意した当時の集合写真を背景に記念撮影した。【同窓会当日、竹森さん(前列中央)を囲む卒業生たち=名張市丸ノ内で】

 「卒業してすぐ大阪に出て、同級生たちとつながりもなかった。声を掛けてもらえ、本当にありがたい」と西浦さん。当時の学級担任だった名張市桜ヶ丘の竹森冨雄さん(94)は「幹事の熱意あってこそ。元気な姿で志を持った生徒の顔が見られて、これほどうれしいことはない」と喜ぶ。

 坂本さんは「世の中は『人とのつながりが薄く、水臭くなった』というけれど、人の親切は生きている。やってみるもんだ」と屈託なく笑う。協力してくれた寺や住民へ、無事終えた同窓会の報告とお礼をと、しばし奔走は続くそうだ。

2018年1月27日付716号1面から