【閉店を前に思いを語る(右から)前田会長、豊さん、学社長=名張市夏見で】

「長年のご愛顧 ありがとうございました」

 三重県名張市夏見の文房具専門店「前田文具」が6月30日で閉店する。1920(大正9)年の創業以来、106年にわたり地域の「書く」「描く」を支えてきた老舗だ。店には連日、閉店を知った長年の常連客らが訪れ、別れを惜しんでいる。

 創業は同市榊町。近代教育の普及で学用品が全国へ広がる中、店を構えた。戦時中には2代目が戦死し、家族で店を守った。当時は列車で大阪の仕入れ先へ通い、大きな風呂敷を担いで品物を持ち帰ったという。配達は自転車を使い、市内外の顧客に届け続けた。

昭和初期の店舗外観(提供写真)

 59(昭和34)年の伊勢湾台風では店舗が床上浸水し、高価な紙なども水損した。その後、車社会の広がりを受け、88(昭和63)年に国道165号沿いの現在地へ移転。駐車場を備えた店舗として再出発した。

 シャープペンシルの芯は0・2ミリから2・0ミリまで、えんぴつは10Hから12Bまでをそろえ、ボールペンの替え芯も各メーカーのほぼ全製品に対応。洋紙や和紙も1枚から販売し、専門性の高さと対面販売で地域の需要に応えてきた。

 4代目の前田喜久雄会長(79)の妻・豊さん(77)は「いい物を置くのが信条。気に入ったものを長く使ってほしかった」と話す。

 10人以上の従業員を雇用した時期もあったが、近年は前田会長と5代目の学社長(52)が学校や企業への外回り営業を担い、豊さんが店頭に立ってきた。

 しかし、少子高齢化に加え、仕入れ価格の高騰も経営を圧迫。2020(令和2)年に経営を引き継いだ学社長は「創業110年まで続けたい思いもあったが、お客さんに迷惑をかけない形で幕を引くことにした」と話す。

 店の2階で営業してきたヤマハ音楽教室は7月以降、別の場所へ移転して継続する。店舗建物は閉店後に解体される予定という。

現在の店舗外観=名張市夏見で

常連客ら別れ惜しむ

 閉店を前に、店内では紙や画材をまとめ買いする客の姿も目立つ。市内で書道教室を営む女性は「ここでしか手に入らない道具があった。生徒たちの卒業記念のペンへの名入れも、毎年丁寧に対応してもらった」と話す。

 30年ほど利用する近所の70代男性は「ボールペンの現物を持って行けば替え芯が見つかった。地域密着の店がなくなるのは本当に寂しい」と肩を落とした。市内の日本画家の60代女性は「数年前、東大寺創建当時の木簡の形を再現した4万円の墨を思わず買った。訪れるたびに新しい発見があった」と話し、この日もクジャクの羽毛で作られた筆などを買い求めていた。

 会計を終えた常連客が「長い間ありがとう」と頭を下げる場面もあった。豊さんは購入客一人ひとりに「ありがとうございます。長く使ってくださいね」と声を掛け、いつもと変わらぬ笑顔で送り出していた。

 豊さんは「私たちは先代たちが築いてくれた土台の上で店を続けてきただけ。ここまで来られたのは、お客さまや地域の皆さん、社員のおかげ。辞めた社員が時々顔を見せに来てくれるのも本当にうれしい」と目を潤ませる。

 そして前田会長、豊さん、学社長の3人は、閉店のあいさつにこうつづっている。「文具を通じて、学びや仕事、暮らしのそばに寄り添えたことは大きな誇りでした。時代の変化の中で閉店という決断に至りましたが、ここで生まれたご縁と、皆さまからいただいた温かなご支援は決して忘れません。長年のご愛顧、誠にありがとうございました」

店内でボールペンを選ぶ男性客=同
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