藤林長門守

北伊賀の頭領 三大上忍
火術、火筒、狼煙の忍術

 藤林長門守(ふじばやし・ながとのかみ)阿山町東湯舟に三大上忍の一人と言われた北伊賀衆の頭領がいた。彼の名はあまり知られていない。『伊乱記』にも雨請山の決戦で冨治林という伊賀衆の一人としてしか登場しない。そういう意味で正に上忍である。

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 『冨治林家由緒書』によると、長門守の高祖は源頼朝の重臣泉親衡と伝わり信州戸隠山に挙兵するが、北条氏に敗れ湯舟に居城を築いたと伝わる。また、藤林家は近江の守護大名六角承禎と関係しており、承禎が近州澤山攻めの際に伊賀忍衆の助力を頼み楯岡道順以下十一人の忍びが多くの城を落城させた功績がある。子孫の保武は『萬川集海』を編纂している。近くの手力神社は藤林長門守の守護神社。

 戸隠流忍術を山本勘助より秘伝された藤林長門守は、火術、火筒、狼煙などの忍術が得意であったと伝わる。
 そのため毎年10月17日に伊賀地域で一番遅い花火祭が実施されている。

まえ...百地三太夫 | つづき...澤村甚三郎保祐

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