忍者の食べ物 その参

携帯食

 忍者はひとたび任務に入れば、一日中、山野を駆け巡ること、屋敷の天井裏や床下などに長時間潜むことは覚悟のうえ。水だけの絶食状態でも耐えられるような訓練をしていたが、それにも限度があるし、大事な時に能力を発揮できない。

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旅する時の携帯食
重宝した「干し飯」

 「腹が減っては戦(いくさ)ができぬ」というように、古代から戦争の時の兵糧はもとより、旅する時の携帯食として重宝されたものに「干し飯(ほしい)」がある。蒸した米粒を天日に干したもので、長期保存が可能だった。水や湯に漬けると簡単にふやけて軟らかくなる。また、そのままでも食べられた。歩きながらでも手軽に口中に含むことができる。戦国時代は、その機動性から合戦時の基本的な食べ物だった。
 ほかに珍しいものでは、米粒をみりんで固めたものを携帯した。湯に溶くと簡易の濁酒(どぶろく)になった。濁酒とは、日本酒の透明な清酒ではなく、白く濁ったにごり酒のこと。冬の寒い時にはこれを飲むと体が温まった。
 また、干したずいき(里イモ類の茎)を玉にして、肩からタスキのように掛けたのを「玉だすき」と呼び、戦場で切って煮炊きして食べた。これらの携帯食を忍者も用いたが、もっとコンパクトな忍者独特な携帯食があった。

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 まず、喉の渇きを抑える効果のある「水渇丸(すいかつがん)」。これは梅肉をたたいたもの、氷砂糖、麦角(ばっかく=イネ科の植物の実に寄生する菌の塊り)の3つを細かく砕き丸薬にしたものだ。
 飢えをしのぐには「飢渇丸(きかつがん)」を用いた。ニンジン、ソバ粉、小麦粉、山イモ、耳草(甘草=ハコベの仲間)、ハト麦、モチ米の7種類を粉末にし、酒に3年間浸し、酒が全部乾いた時、桃の種ほどの大きさに丸めて携帯する。1日3個で「心力、労することなし」と、心も体も疲れないという。

「かたやき」 元々は保存食
第2次大戦パイロットに配給

 ほかにもいろいろあるが、いずれも様々な材料が用いられ栄養価の高いものばかりだ。
 第2次世界大戦の時、忍術伝書を基に作られた携帯食が、長距離を飛ぶパイロットに配給されたこともあったという。今では、みやげものとして人気の伊賀地方のお菓子「かたやき」も元々は保存食だ。軽くてコンパクトな携帯食として伊賀忍者もよく用いたことだろう。
 飢えや乾きの極限状態の修行や任務を経験した忍者がつくった携帯食は、現代でも地震や災害の非常食として、きっと参考になるはずだ。

まえ...忍者の食べ物 その弐

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筆者プロフィール
黒井 宏光
 1960年7月7日、上野市隣接の奈良県山添村で生まれる。大阪芸術大学卒業後、京都市太秦在住の時代劇殺陣師・美山晋八氏、福井県上中町在住の甲賀流伴党21代宗家・川上仁一氏に師事し、忍術を学ぶ。その後、伊賀流忍者集団「黒党(くろんど)」を発足し、忍者ショーや忍者教室を国内外で公演中。伊賀流忍者博物館(上野公園内)顧問。著書は「忍者図鑑」など多数。現住所は奈良県橿原市葛本町534-7 電話:0744-25-0385

写真提供=伊賀流忍者集団「黒党(くろんど)」

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