YOUが送るオンライン読み物「シアワセを感じる100歩」

「指す」を楽しむ。

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 薬局で歯磨きを選んでいた私の横に、老夫婦がやってきた。
 おばあさんが「ああコレやコレや」歯磨きを取り、
「でもコレはアレやろか」首を傾げておじいさんを見た。
「やー違うな」とおじいさん。
「そんならアレやなあ」 
 おばあさんは歯磨きを裏返し、
「ここへアレしたらどうやろ」
「それがええ」。
 凄い!これぞ以心伝心。
 私は拍手したい気持ちを抑え、レジへ向かう彼らを見送った。

 友人たちも私も、アレだのソレだの指示語を連発するが、案外、会話になっている。
 親しいほど相手の意図は汲みやすく、相手も同じだろうと踏んでいる。
 指示語会話は友好と信頼の証。
 言葉が出ないと憂鬱がらず、会話の成立を喜んでしまえばいいわけだ。

 指示語といえば、国語の指導中、こんなことがあった。
「指示語は明確にするのが鉄則よ。『それ』が指すこの考え方、何ていう?」
 生徒が答えに詰まる。
「前回、説明した......」う、出て来ない。
「アレよ」
 生徒はすかさず「アレじゃ分かりません」不敵な笑みを浮かべた。
「指示語は明確にしないと!」
 だが、例の考えがすっかり気に入った私である。
「私たちの信頼関係もまだまだね」
「は?」
「君も察してくれないと。若いんだし」
「ボクがですか?」
「説明したばっかりよ。思い出してください」
 こうやって自分の老化から目をそらす私は、ちょっとアレかもしれないな。

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執筆者・坪田多佳子プロフィール

1963年東京生まれ。ライター、小論文及び国語科専門プロ家庭教師。
「シアワセ感じる100歩。」は、2007年4月から2009年3月、朝日新聞の姉妹紙「RAKU(楽)」に掲載し、好評を得た。現在は「YOUよっかいち」の紙面と伊賀タウン情報YOUホームページで連載中。
日常生活で見つけた小さなシアワセをテーマに「~を楽しむ。」と題して1か月に1歩ずつ歩み続け、「100歩。」達成を目指す。
YOU紙面へはピンクリボンの記事も出稿。
趣味は読書、料理、英会話。インターネット上で、日本マニアの外国人に日本語を教えたりもしている。
家族は夫、息子、娘。松阪市在住。