YOUが送るオンライン読み物「シアワセを感じる100歩」

「叱られる」を楽しむ

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 母が2年半前、大病をした。
 自宅で父が介護をし、私も定期的に手伝いに行っている。
 母が出来なくなったことは増え、記憶も曖昧になった。
 困ったときは何をおいても駆けつけてくれた母。そんな母はもういない。
 分かってはいるものの、かつての母を探してしまうときがある。


 母はシャンプーをしてもらうのが好きだ。
 母の髪を洗ったあとは、楽な姿勢がとれるリビングへ連れて行き、ブローをする。
 髪を整えながら、ふと思った。
 (昔のように、叱られたい)
 前髪を乾かすとき、わざとテーブルに右腿をかけてみた。
 行儀にうるさい母だ。
 すかさず口を開く。
 「そんなところに座ったら」
 ......座ったら?
 「お尻が曲がっちゃうわ!」
 ユニークな叱り方は健在だ。
 曲がるわけはないけれど、気になるので左の腿もかけておく。
 「ああ、それで戻ったわね。お尻」と真顔で言う母。
 冗談なのかどうかは分からない。
 ただ「まったくお行儀が悪いわね」と、言われたのが嬉しかった。

 母の横で父がお酒を飲んでいる。
 母は父の深酒が嫌いだ。
 そこで母が一撃を放つ。
 「そんなにたくさん飲んだら」
 ......飲んだら?
 「ハゲるわよっ!」思わず薄くなった頭を撫でる父。
 爆笑する私。
 奇妙な叱り方が、父の盃を止める。
 それを見て、ふふっと笑う母。
 懐かしい母が、そこに居た。

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執筆者・坪田多佳子プロフィール

1963年東京生まれ。ライター、小論文及び国語科専門プロ家庭教師。
「シアワセ感じる100歩。」は、2007年4月から2009年3月、朝日新聞の姉妹紙「RAKU(楽)」に掲載し、好評を得た。現在は「YOUよっかいち」の紙面と伊賀タウン情報YOUホームページで連載中。
日常生活で見つけた小さなシアワセをテーマに「~を楽しむ。」と題して1か月に1歩ずつ歩み続け、「100歩。」達成を目指す。
YOU紙面へはピンクリボンの記事も出稿。
趣味は読書、料理、英会話。インターネット上で、日本マニアの外国人に日本語を教えたりもしている。
家族は夫、息子、娘。松阪市在住。