YOUが送るオンライン読み物「シアワセを感じる100歩」

「夢見る」を楽しむ。

049.jpg「私のこと、覚えてる?」
 突然の電話に驚いた。
 高校の同級生だった彼女、Nとは卒業以来30年ぶりだ。
 同窓生たちが旧交を温める会を開いているというので、昨年遠方ながら私も2度ほど参加させてもらったが、欠席だったNには会えなかった。
 "だからかけてみたのよ"と、くれた電話がうれしかった。
 お互いの30年分の人生を数分で要約した後、昔のように取り留めもない話をした。
 そのうち話題が心理学へ移ると、Nが言った。
「ユングの夢分析をしたんだ」
 私はその言葉に陶然となった。
 ユング――。
 生活感のカケラもない響き。
 自分のことだけを考えていた高校生の頃に、たちまち時間が巻き戻っていった。


「朝起きてすぐ、見た夢をノートに書いておくの」と彼女。
「書いたもののイメージから自分の内面を探るわけ」
 そして心理学の先生から聞いたことなどを、哲学的に解説してくれた。
 夢を手掛かりに深層心理に迫るわけね。
 こんな話は久しぶりだったので、気持ちが弾んだ。
「私も自分の夢の意味を考えてみるよ」

寝る前にはミステリーを読む。
 だからといって夢にうなされたことはないのだが、夢分析をするぞ!と身構えると、血生臭いのは控えたくなった。
 ユングは小細工を禁じているだろうか、と思いつつ、ミステリーをヒストリカルロマンスにすり替える。
――時代は19世紀英国。
 伯爵が仮面舞踏会で運命の女性に出会い、そして......お約束の展開が睡魔を誘い、いつの間にやら熟睡。

――夢を見た。
......男がいる。
 彼は私に向かって人懐こい笑みを浮かべている。
 私は男を真直ぐに見て、言う。
「メバルください」

――そこで目が覚めた。
 メバル?
 魚!?
 起きぬけに言葉を失う。
 ヒストリカルロマンスを読んで寝て、見たのは魚屋でメバルを買う夢。
 煮付けの魚にどんな意味が?
 確かNは「心の奥底で気になっていること」と言った。
 メバルの煮付け。
 あれを食べたのはひと月ほど前だ。
 そういえばあの時、取っておくつもりだった煮汁をうっかり捨ててしまったんだっけ。
 煮汁は後で「おから」に入れて、風味を加えたかったのに。
 それで「おから」が思い通りの味にならなくて。
 ああこれか。
 1か月間心の奥底で、煮汁を捨てたことを悔やみ続けていたわけだ。
 煮汁欲しさに煮魚の夢。......残念極まりない。

いやむしろ、煮汁が具体的でプロっぽくないか?
 煮魚を夢見るプロ主婦。
 夢の中で食にこだわる=生きる糧へのこだわり。
 少し哲学的?
 ......考えていたら、何かお腹がすいてきた。

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執筆者・坪田多佳子プロフィール

1963年東京生まれ。ライター、小論文及び国語科専門プロ家庭教師。
「シアワセ感じる100歩。」は、2007年4月から2009年3月、朝日新聞の姉妹紙「RAKU(楽)」に掲載し、好評を得た。現在は「YOUよっかいち」の紙面と伊賀タウン情報YOUホームページで連載中。
日常生活で見つけた小さなシアワセをテーマに「~を楽しむ。」と題して1か月に1歩ずつ歩み続け、「100歩。」達成を目指す。
YOU紙面へはピンクリボンの記事も出稿。
趣味は読書、料理、英会話。インターネット上で、日本マニアの外国人に日本語を教えたりもしている。
家族は夫、息子、娘。松阪市在住。