YOUが送るオンライン読み物「シアワセを感じる100歩」

「参加する」を楽しむ。

043.jpg散々考えた挙句、思い切って参加した某海外アーティストのライブ。
 迷ったのは"オバサンはご遠慮ください"的な雰囲気だったら困るのと、ライブが行ったこともないスタンディング(=立ちっ放し)だったから。
 かねてからの腰痛に加え、近頃肩まで痛い。
 だがこの機会を逃すと次回はいつになることか。
 娘も行きたいようなので、2人で参加することにした。
 動きやすい服、履きなれたスニーカー、念のため腰には湿布。準備万端だ。
ライブ会場は、きらびやかな衣装をまとった人や奇抜なメイクをした人で一杯だった。
 年齢層は意外に幅広くて良かったが、皆一様に黒っぽい。
 娘は赤、私は青のTシャツで来たので、薄暗い会場でも何か目立つ。
 特に娘のは「私、赤すぎ......」と本人が気にするほどだ。

突然「これ、どこで買ったの?!」と、後ろから声がした。
 見ると、歌手の写真入りTシャツを着た女性が、娘のシャツを引っ張っている。
「な、なんですか?」
 戸惑う娘。
 赤Tシャツは、たちまち周囲のファンたちの注目の的に。
 赤はまずいのか?
「なんだ、違うじゃない」別の人が言った。
 シャツを掴んだ女性も「あらホント。この背中の文字がオリジナルTシャツのロゴにそっくりなのよ。赤の特別バージョンかと思ったわ!」
 そういうことか。
 あたりの視線も緩む。
 娘は「何の関係もない普通のTシャツです」と胸を張る。
 ここから私たちもファンの輪に加わった。

ライブはエネルギー源だという彼ら。
 海外のライブに出掛けた人、今日のためにヨーロッパから帰国した人。
「これがあるから仕事も頑張れる」人、「体調が悪くても治っちゃう」人。
 ある人が「昨日のライブも良かったわ」と話したので、私はすかさず終演までの時間を聞いた。
「1時間少しかな。あっと言う間よ」それなら腰も平気だろうと胸をなでおろすと、娘が「母は腰痛がひどいので心配です」とファンの面々に告げた。

すると「まあ大変!でもスタンディングでギュウギュウだから、私にもたれていいわよ。支えてあげる」とヨーロッパのマダム。
 さらに隣から「ここでの運動がリハビリになるんじゃない?」
 左後ろからは「何ならライブ中、腰のツボを押してあげようか?」の声。
 皆さんご親切だ。
 ......一体私はここに何をしに来たのか、とも思うが。

ライブが始まった。
 エネルギッシュな歌声が会場を包み、熱狂の渦となる。
 これか、皆が待っていたのは。
 完全な非日常。
 つまりファンたちはここで日常をリセットするわけだ。
 待つことから始めて、参加する。
 余韻に浸って、また次回を待つ。
 多くのファンは楽しみつくす術を知っている。

すっかり遅くなった帰り道。
 娘と2人「夜こんな風に一緒に歩くこと、滅多にないね」とご機嫌に道を行く。
 曲を口ずさみながら歩道橋の手前に差し掛かると、そこに見えたのは暗闇に佇む男の影。
 私は声を潜めた。
「怪しい人がいる。歩道橋は避けよう」
 娘は歩みを止めない。
「お母さん、あの人のジャンパーの背中の字、見える?」
 ジャンパーの文字って......
「兵庫県警」。
 失礼極まりない私は、彼とすれ違いざま、殊更丁寧に会釈する。
 安全な夜に感謝します。

夜が更ける。
 特別な1日も終わる。
 さて、私もここでリセットするか。
 明日も頑張ろう。

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執筆者・坪田多佳子プロフィール

1963年東京生まれ。ライター、小論文及び国語科専門プロ家庭教師。
「シアワセ感じる100歩。」は、2007年4月から2009年3月、朝日新聞の姉妹紙「RAKU(楽)」に掲載し、好評を得た。現在は「YOUよっかいち」の紙面と伊賀タウン情報YOUホームページで連載中。
日常生活で見つけた小さなシアワセをテーマに「~を楽しむ。」と題して1か月に1歩ずつ歩み続け、「100歩。」達成を目指す。
YOU紙面へはピンクリボンの記事も出稿。
趣味は読書、料理、英会話。インターネット上で、日本マニアの外国人に日本語を教えたりもしている。
家族は夫、息子、娘。松阪市在住。