YOUが送るオンライン読み物「シアワセを感じる100歩」

「探す」を楽しむ。

041.jpg本棚に収納しきれなくなった本が、棚の脇に積み上げられて久しい。
 見ないフリも限界かと、古本屋に売るべく大量に袋に詰めた。
 でもまた読みたくなったら?
 売ったところで二束三文。
 急に惜しくなって、詰めたものを元に戻す。
 しかしせっかく行こうと思ったのだ、古本屋へは行こう。
 探したい本もある。

 夏休み中の学生たちで一杯の古本屋。彼らに混じって本を物色していると、甲高い声がした。
「T兄ちゃ~ん、こっち!」日焼けした小学生が、20代らしき青年に向かって手招きしている。
「おう、そこか」金色に染めた髪に、片側だけのピアス。彼の声も大きい。

ここは図書館でも一般の本屋でもなくBGMも賑やかだが、他の客が黙って立ち読みをしているせいか、声がよく響く。
「ボクの本、探して!」
 少年の興奮した様子から推測すると、T兄ちゃんは実の兄ではなく、久しぶりに会ったいとこか何かだろう。
 少年は学校の図書室の本のことなど、一生懸命説明している。
 T兄ちゃんも、少年の親から本選びを頼まれでもしたのか、真剣そのもの。

しかし、探している場所は一般書籍。
 ちょっと的外れだ。
 向こうに児童書の棚があるのに。
「あのさ、漢字には振り仮名がないとダメなのか?」
 兄ちゃんが言う。
「ボクが読む本には全部振り仮名がついてるよ」
 そりゃそうだ。
 児童書なんだから。
 振り仮名。
 これはヒントよ。
 だが彼は、一般の本を手に取るばかり。
 
彼らの会話のため、私は自分の本探しにまったく集中できなくなった。
 果たしてT兄ちゃんは本を見つけられるのか。

「お前、どんな本が好きなの?」
 少年の好みを聞く兄ちゃん。
「楽しそうなヤツ? それとも、めっちゃつらそうなヤツ?」
 ......つらそうなヤツって何。
「んー、わかんない」。
 途方に暮れる2人。

(児童書はあちら......)
 彼らに念でも送ろうかと思ったとき、少年が別の棚の方へ歩き出した。
 成り行きを知りたい私も、さりげなく移動。
 少年は文庫本に興味を示し「T兄ちゃん!すごくいい本があるよ!」と、一冊手渡す。
「......いや、これはダメな気がする」
 兄ちゃんが本を戻す。
「え~何で?」
 少年は不満気だ。
「な、ここじゃなくて。もっと物語っぽい本を探そう」
 物語っぽい本!
 それだ。T兄ちゃん!

でも、却下された本ってどれ?
 ちらっと見えた背表紙から本を特定し、タイトルを見る。
「生き方にはコツがある」
 なるほど、若干不向きかも。

物語を手がかりに、ついに児童書コーナーに行き着いた彼ら。
「これはどうだ?」と兄ちゃん。
 本探しも終盤だ。
「ん~」決めかねる少年。
 兄ちゃんが時計を見た。
「な、そろそろ帰ろ」
「まだだよー。こっちは?」
 少年が兄ちゃんの意見を仰ぐ。
「そうだなー」
 そして少年はさらに別の本を取った。
 そうか、彼はまだ決めたくないわけだ。
 つまりずっと探していたいのだ、T兄ちゃんと。
 少年の手にはまた違う本。
「兄ちゃん、これは?」

彼らの会話を背に、私は何も買わずに店を出る。
 目当ての本が探せなかったことも、なぜか少しも気にならなかった。

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コメント[1]

大量の古本をどうするか、と悩んでおられる姿は私と重複します。
坪田さんも同じなのですね。

本を探しに行って、人の会話に耳を傾けられているあなたは人生を楽しんでるのだと思います。
これからも楽しいお話をお願いします。

あなたのファンより。

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執筆者・坪田多佳子プロフィール

1963年東京生まれ。ライター、小論文及び国語科専門プロ家庭教師。
「シアワセ感じる100歩。」は、2007年4月から2009年3月、朝日新聞の姉妹紙「RAKU(楽)」に掲載し、好評を得た。現在は「YOUよっかいち」の紙面と伊賀タウン情報YOUホームページで連載中。
日常生活で見つけた小さなシアワセをテーマに「~を楽しむ。」と題して1か月に1歩ずつ歩み続け、「100歩。」達成を目指す。
YOU紙面へはピンクリボンの記事も出稿。
趣味は読書、料理、英会話。インターネット上で、日本マニアの外国人に日本語を教えたりもしている。
家族は夫、息子、娘。松阪市在住。