YOUが送るオンライン読み物「シアワセを感じる100歩」

「観察する」を楽しむ。

040.jpg真夜中にメールを知らせる携帯が鳴った。
「部屋にムカデでた。あたし、もう死ぬみたい」。
 一人暮らしを始めた娘からだ。
 5秒後には「ムカデを見失った」。
 翌朝には「ムカデのせいで4時間しか寝てない」。
 夏の声を聞いた頃から、そんなメールがひっきりなしに来る。

「一体どういうこと!」今度は電話だ。
 取り乱しながら、ホウ酸系ゴキブリ駆除剤の話をしている。
 ゴキブリを見ることなく巣ごと駆除できるというアレだ。
「ゴキブリがケースの横で死んでるのよっ!どうして?」
 どうして?と言われてもね。
「ホウ酸を巣に持ち帰って、そこで死ぬって約束でしょ!?」
 ......誰との約束だ。
「まだ別の何かもいる!」
「で、離れて暮すお母さんにどうしろと?」
 私は素朴な疑問を投げかけた。
 すると彼女、「見守ってて!」と携帯片手に実況しつつ、殺虫剤をまき始めた。
 私はただ、彼女の悲鳴を聞き続けたのだった。

それにしても娘の虫嫌いは酷い。
 一度、諭さなくては。
「怖いのは虫をよく知らないからよ。得体の知れないものには漠然と恐怖を抱くって言うでしょ。虫を観察すると好きになるらしいよ」。
 そして、先日の出来事を聞かせることにした。

我が家の玄関口で立ち話をしていた友人と私。
 ふと見ると、体長5センチはある青虫が足元を這っている。
「そういえば、小学校の先生をしてる友だちがコレを探してたわ。教室で飼うって。貰っていい?」と、友人。
「どうぞどうぞ。ウチの青虫ってワケじゃなし」。
 せっかくなのでさらに3匹、庭の木から捕獲。
 彼女は虫をビニールに入れ、鮮度が大事といわんばかりに慌てて帰って行った。

「ね?虫が欲しい人もいるのよ」と娘に言うと、「教室で観察するんでしょ?私の状況とは違うと思う」と反論。
「待って、話はまだ途中よ」。
 私は先を続けた。

その週末。
 庭の手入れをしていた夫が言った。
「鳥に食われたのかな、アイツ」。
 何の話?私は耳を傾けた。
「会社から帰ってウチに入る前にね、毎晩懐中電灯で照らして見てたんだ。レモンの木にいた大きな青虫」。
 え?!
「この間、突然いなくなってさ。鳥だろうな」。
 違う。
「ごめん、それ鳥じゃなくて私」。
 事情を話すと夫は眼を丸くした。
「オレの青虫......」。
 しかし、夜な夜な青虫を観察する大人がいるなんて誰が思うだろう。
「今頃クラスの皆の人気者よ」と、慰めておいた。

「観察かぁ」娘が考え込んでいるので、念を押した。
「虫好きは観察するのよ」

後日、娘からメールが来た。
「図鑑によると、例の虫はムカデじゃなくてゲジゲジでした」。
 ほらごらん。
 でも調べるなんて一歩前進。
 一つ私も調べてみるか。
 ―ゲジゲジは俗称で正式名は「ゲジ」。
 害虫を捕食する益虫だが、見た目のため嫌悪される云々。
 さっそく娘に電話だ。
「面白いね、ゲジ。敵が来ると自分の足を外すんだって。足はしばらくピクピク動くから、敵が気をとられた隙に逃げるらしいよ。観察したら、動く足とかも見られて......」
 娘の応答がない。
 一呼吸置いて「無理~!!」という絶叫が返ってきた。
 逆効果だったかな?

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コメント[2]

感想が書き込めるようになって、うれしいです。私はRAKUの時代から読んでいます。坪田さんの文章を読むと、何か、心が休まります。これからも頑張ってください。

No.159のロビンさんのコメントへの返信

ふっふっふっ(笑)
面白いです。
わたしいつもこっそり読んでました。
名張で配られているユーに載ってないなと思っていたら、四日市にも支店があったんですね。
坪田さん、毎回楽しく読んでおります。
次回も待ってます。

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執筆者・坪田多佳子プロフィール

1963年東京生まれ。ライター、小論文及び国語科専門プロ家庭教師。
「シアワセ感じる100歩。」は、2007年4月から2009年3月、朝日新聞の姉妹紙「RAKU(楽)」に掲載し、好評を得た。現在は「YOUよっかいち」の紙面と伊賀タウン情報YOUホームページで連載中。
日常生活で見つけた小さなシアワセをテーマに「~を楽しむ。」と題して1か月に1歩ずつ歩み続け、「100歩。」達成を目指す。
YOU紙面へはピンクリボンの記事も出稿。
趣味は読書、料理、英会話。インターネット上で、日本マニアの外国人に日本語を教えたりもしている。
家族は夫、息子、娘。松阪市在住。