YOUが送るオンライン読み物「シアワセを感じる100歩」

「旅する」を楽しむ。

37.jpg息子がケチになった。
 仕送りの食費を切り詰め、アルバイトを探し、お金を貯めている。
 なんでも、「就職する前の一人旅」のためなのだそうだ。

親子は似るものだなと思った。
 私も大学生の頃、同じことをした。
 節約をし、アルバイトを増やして、ドイツ行きの航空券を手に入れた。
 ケルンの大学に通う友人Aを訪ね、下宿に居候をしたあの夏。
 何もかも鮮明に覚えている。
 中でも一番の思い出は、世界屈指の高速道路、アウトバーンにある。

ミュンヘン行きの計画を立てたAと私。
 アウトバーンを彼女の赤い車で走った。
 制限速度がないのでどの車も凄まじく速く、レーシングカーのような音がする。
 それに比べAの車は亀だ。
「ゆっくりすぎない?」と聞くと、「これ以上スピード出ないの」とA。
「これ、車種は何?」
「ラビット」。
 冗談としか思えないが本当だった。

パーキングエリアに入った。
 ヒッチハイクを求める人たちが大勢いる。
 私がじっと見ているとAは、「珍しい?それなら......」窓を開けてドイツ語で何か言った。若い男が近づいてくる。
「ミュンヘンまでだって」。
 彼が後部座席に乗り込んだ。
 そういう文化なのか。
「ヒッチハイカー、よく乗せるの?」
「初めてよ」。
 え......。

「兵士なんだって」。
 Aは彼の仕事を尋ねたようだ。
 当時、東西に分断されていたドイツ。
 ベルリンの壁を彼は西側で守っているらしい。
 すごい。
 ところでラビット号、さっきより一層遅くなってないか?
 スピードメーターを見る。
 何か変。
「速度どれくらい?」
「さあ。メーター壊れちゃったみたい」。
 不安がつのる。

雨が降ってきた。
 土砂降りだ。
「大変!」Aが叫んだ。
「水が入ってきた!」信じられない。
 足元が水浸しだ。
「足を上げてて!」
 いや、そんな問題じゃ......。
「雨が止んだら、掻き出そう」とA。
「そうだね......」。
 私は力なく答えた。
「あ~!」
 再び叫ぶ彼女。
 今度は何?

「あああ、だめだわ」。
 ウソ!
 ラビット号が止まった?
 アウトバーンでエンスト?
 あまりの事態に私が呆然としていると、Aは「ちょっと電話探してくるわ」。と、雨の中アウトバーンを歩き出した。

アウトバーンの上。
 狭い車内。
 ドイツ人兵士と二人きり。
 日本語も英語もわからない彼。
 ドイツ語のわからない私。
 沈黙。
 空気が重い。
 どうしよう。
 突然、彼がドイツ語で何か言った。
 必死な形相だ。
「わかりません!」
 帰ってきて! A!
 彼は身を乗り出し、私を指して何か訴えている。
 怒ってるの?
 彼が立ち上がる。
(待って、私は何も!)
 すると、彼、車から降りて外に出た。
 どこ行くの?
 ......車が揺れた。
 見ると、私を乗せたまま彼が車を押しているではないか。
 道を塞いでいたのを、道路の端に寄せてくれたのだ。

「お待たせ~。修理の人、すぐ来るよ」。
 Aが戻ってきた。
 私は泣きそうになりながら、彼の活躍を説明。
 Aは彼に笑いかける。
「ダンケ~(ありがとう)」。
 Aは逞しい。

雨が止んだ。
 修理の人が来てラビット復活。
 車内の水も掻き出し、再び走り始めた。
 そしてついにミュンヘン到着。
 兵士が車を降り、手を振る。
 彼を見送りつつ、私は(何とかなるものね、何事も)と考えていた。

息子が目を輝かせて旅の話をしている。
「壮大な計画なんだ」。
 そう、計画も楽しみの一つ。
 でもね。
(計画通りにはいかないものよ)
 と母は思う。
 あえてそれを君に言わないでおこう、とも。

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執筆者・坪田多佳子プロフィール

1963年東京生まれ。ライター、小論文及び国語科専門プロ家庭教師。
「シアワセ感じる100歩。」は、2007年4月から2009年3月、朝日新聞の姉妹紙「RAKU(楽)」に掲載し、好評を得た。現在は「YOUよっかいち」の紙面と伊賀タウン情報YOUホームページで連載中。
日常生活で見つけた小さなシアワセをテーマに「~を楽しむ。」と題して1か月に1歩ずつ歩み続け、「100歩。」達成を目指す。
YOU紙面へはピンクリボンの記事も出稿。
趣味は読書、料理、英会話。インターネット上で、日本マニアの外国人に日本語を教えたりもしている。
家族は夫、息子、娘。松阪市在住。