「解く」を楽しむ。

「体温計、買ったの?」風邪気味だという娘が、戸棚から見たことのない体温計を出した。「さあ?お父さんが会社からもらったのよ、きっと」。夫は新型インフルエンザ流行の時に海外出張をし、しばらく会社で検温しなきゃならないと言っていた。「会社も大変ねえ、社員に体温計まで配って」。こんな具合に娘と話したのが先月のことだ。
そして昨日。戸棚を開けるとその体温計が目に入ったので「会社がくれたこの体温計って」と夫に言った。新聞を読んでいた彼は頭を上げ、私の言葉を遮った。
「会社がくれた体温計?」「そう、これ」。私は体温計を彼の目の前にかざす。「会社で体温計なんかもらってないぞ」。夫が断言した。「もらってない?じゃあこれどうしたの?」「買ったんだろ?」「誰が?」「オレは知らないよ?」「何で突然、知らない体温計がウチの戸棚に入るの?」頻繁に開ける戸棚なので、これが現れたのが最近なのは確かだ。誰かうちに来たっけ?体温計持って。それはない。念のために息子にも電話して尋ねるが「何のこと?」とわかりきった答え。まったくもって不可解だ。難問に行きあったときこそ冷静な分析が大切なので可能性を探る。
2.見えない力が働いた。
3.若者はボケない。つまり夫か私が買ったことを忘れた。
1だと犯人の目的が不明。2は非現実的。やっぱり3か。ふと見ると、夫が気の毒そうな目を私に向けている。「違う!私じゃない」。「オレも買ってない」。「私は買ったら覚えてる。体温計に興味があるんだから」。とっさに体温計愛好家を騙る。「どんな興味だよ」。「ケースよ。コレは透明で可愛いケースだから、買いたくなるシロモノよ」。「だから買ったんだね」。「そうじゃなく、絶対に買ったことを忘れないって話」。重苦しい空気が漂う。夫はボケたのだろうか。それとも私が。そこで「昨日何食べたか言える?」と聞いてみた。「もちろん」。それなら5年以上前のはどうだ。「このカメラ、どこで買った?」「え?どこだっけ......」口ごもる夫。でも私も覚えてない。大差のない両者の記憶。すると夫が言った。「まあ、どこかで買って忘れたということで」。ちょっと待て。「○○が」という主語がない。堂々めぐりになりかけたその時だ。「2006年製」というケースの文字が目に飛び込んできた。「これ、新しくない」。もしかして「最近買った」という前提が間違い?「会社で検温したって言ったよね」。「うん。家から体温計を持って行って、後であったところにちゃんとしまった」。「あ!」私は戸棚を開けた。「わかった。犯人はアナタ」。「えっ?」脳内に響く効果音。「誰かのと間違えて持って帰ってきたでしょ。あるはずのうちの体温計がないもん」。なぞが解けた瞬間の快感。本気で探偵になりたいと思った。そして同時にボケ疑惑も解消したのだった。
しかし、何かが未解決な気が......と思った時、娘が父親を詰問した。「で、うちの体温計はどこにあるのよ!」それだ。それともう一つ。......この体温計、誰の?


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