YOUが送るオンライン読み物「シアワセを感じる100歩」

「見直す」を楽しむ。

007.jpgラブレターの添削を頼まれた。それは、たどたどしい日本語で熱い想いを綴った詩的な手紙だった。書き手はアメリカ人大学生のアレン。日本人の女子学生宛だ。以前、日本語を数人の外国の大学生に教えたことがあった。アレンはその中の一人だ。「タカコは日本人に小論文を教えてるでしょう?それならボクの文なんて、簡単に直せるよね!」事実、仕事で小論文の指導をしている。だがラブレターなどというプライベートな文を直すなんて。アレンは、がんばって書いた日本語の手紙に彼女は感動してくれるはず、とのゆるぎない自信を持っている。おまけに書き上げたラブレターは芸術の域に達しており、他人にも見せる価値のあるものだ、と自己陶酔しているのだった。気迫負けした私は、仕方なく添削を開始した。手紙は要するに、朝起きてから寝るまで、そして夢の中までも君のことを想い続けている、というもの。だがあまりにも文法的なミスが多く、せっかくのパッションが台無しだ。いちいちそれを指摘すると、アレンは不機嫌になり始めた。思い入れのある文だけに、直されるのが気に入らないらしい。直せといったのは君じゃないか、と少々理不尽にも思ったのだが、まあ仕方がないか。何しろラブレターだ。たとえ間違った文でも直されると、自分の想いから遠ざかっていく気がするのかもしれない。

ラブレターに挑戦する前には、彼は日本語でのけんかを試みたこともあった。彼が、相手の日本人に爆笑されたと憤慨しているので、よくよく聞くと「この野郎!」であるべきところに決定的な誤りが。彼はどうも「その野郎!」と叫んだらしい。そこは「その」ではなく「この」ですが。と説明すると「ナルホド!」と感動し「かっこいいなあ」と言う。何がどうかっこいいのかは、よくわからないが。

アレンは「いいなあ、日本人は。こんなスゴイ言葉を自由に使えて。ボクなんか『君へ』と『君に』をどう区別するの?とか、いつも考える」と助詞の煩雑さについて愚痴る。アレンによると、けんかの言葉にしても敬語にしても、表現が多様であることがスゴイのだそうだ。彼の話を聞いていると、当たり前に日々使っている言葉が新鮮なものに感じられるのが不思議だ。改めて一つひとつの日本語の意味を確認していく作業も楽しい。「当たり前」を見直すことにすっかり夢中になってしまった。

ラブレターを直しながら、今のアレンの気持ちを表すのなら文法のミスがあってもいいんじゃないかなと思い「完璧に直さないほうが、『君へ』捧げる愛なのか『君に』なのか?なんて悩みながら一生懸命書いてることが伝わるかも。同じ内容の英文をつけて送ったら?」とアドバイスした。

後日、アレンからメールが来た。「タカコ、聞いて!日本人のガールフレンドができたよ!」とある。良かった!しかし何度見直しても、彼女の名前がラブレターの相手の名前と違う。どうも別人らしい。では、あの情熱は?私の苦労は?と思いつつ、おめでとうの返信メールを送った。「PS.彼女の名前は、日本語のミスですか」と添えて。

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執筆者・坪田多佳子プロフィール

1963年東京生まれ。ライター、小論文及び国語科専門プロ家庭教師。
「シアワセ感じる100歩。」は、2007年4月から2009年3月、朝日新聞の姉妹紙「RAKU(楽)」に掲載し、好評を得た。現在は「YOUよっかいち」の紙面と伊賀タウン情報YOUホームページで連載中。
日常生活で見つけた小さなシアワセをテーマに「~を楽しむ。」と題して1か月に1歩ずつ歩み続け、「100歩。」達成を目指す。
YOU紙面へはピンクリボンの記事も出稿。
趣味は読書、料理、英会話。インターネット上で、日本マニアの外国人に日本語を教えたりもしている。
家族は夫、息子、娘。松阪市在住。