「癒す」を楽しむ。
「骨盤矯正体操ねえ......」整形外科の先生が、私のカルテを見ながら眉をひそめた。1年ほど前にも腰を痛め、ここで「ヨガを激しくやりすぎました」と言ったっけ。「あなたも懲りませんねえ」とはおっしゃらないが、表情から十分そのニュアンスはうかがえる。前回の腰痛が治って1年経ち、腰を痛めないためには筋力が必要だとか、骨盤の歪みが大敵、などの情報が気になって、とりあえず「骨盤矯正体操」をやってみた。やり方が悪かったのだろうか。腰痛予防の体操をして腰痛になるなんて。「情報が氾濫していますからね」と先生。「その人に本当に合ったものなのかを見極めないと」。反省のあまり頭を垂れる私。そして自分の馬鹿さ加減を反芻していたら不安になってきた。「先生!今こんなんじゃ、老人になった私はどうなるんでしょうか」。「そんな先のことはわかりませんよ」。先生はそっけない。「でもまだ40代だっていうのに、些細なことでこんな情けないことに......」。私はどんどん絶望していった。すると先生は「でも注意をしながら過ごすと、結局年をとってからも大丈夫ってことになるかもしれませんよ」。そうか。完全無欠の健康体よりも、自分の体にやさしくなれるってわけだ。悪くなったら癒しながら暮らせばいいか。老後は安心かも。元気が出てきた。
診察後、リハビリの部屋に行った。前回もここへ来たが、今回はウォーターベッド型マッサージ器というものを使うらしい。指示通りに仰向けに横たわると、看護師さんがスイッチを入れた。これはすごい。ベッドの中で水が噴射し、その水圧で足元から腰、背中、首と全身をマッサージしてくれるのだ。ウォーターベッドなので波にぷかぷか浮いているようなカンジもする。部屋の高い天井はドーム型で、青空に白い雲という柄のクロスが貼られている。周囲には観葉植物がいくつも置かれているので、何だかリゾート地にいるみたいだ。ゆらゆらと夢うつつになっていると、ベッドのそばの人物画が目に入った。口ひげをたくわえたスペイン人っぽい男性がマンドリンを抱えてこちらをみている。ウォーターベッドがあまりにも心地よく、しばし白昼夢に浸る。絵の男は......マリオ。勝手に命名した。「いったいどうしたっていうんだい?」とマリオが私に言う。マリオは情熱の国に住んでいるので中年にもやさしいのだ。波に身をまかせながら心を癒す私。(腰痛はいったん忘れる)。「かわいそうにな。ま、時間が解決してくれるさ」。私はいつの間にか、完全に眠ってしまっていた。......大きなブザーの音がした。びくっとして目を開けたが、一瞬ここがどこだかわからない。看護師さんの「お疲れ様でしたー」の声を聞いて思い出し、慌てて起き上がる。「......痛!!」完全に目が覚めた。そして「あ、ゆっくり起きてくださいね~」ときっちり注意を受けた。
しばらくは治りそうにない腰痛。友人たちに電話して同情をひこうとしているが「え~また腰痛?」という薄情な反応ばかりだ。仕方がないので当分は、マリオの絵に癒されようと思っている。


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