「歌う」を楽しむ。
イギリスのオーディション番組に出演し、一躍有名になったスーザン・ボイルさん。動画共有サイトYouTubeで驚異的なアクセス数を誇ったということで、日本のメディアもこぞって取り上げていた。一見ぱっとしない外見。それが歌い出した途端、歌声で聴衆を圧倒するというサクセスストーリー。あんな風に大勢の前で見事な歌声を披露できたらさぞや気持ちのいいことだろう。私も歌うのは好きだがうまくない。一心に聴き入ってくれる聴衆を得ようなんて、所詮無理な話だ。でも一時、私にも熱心な聴き手がいた。0歳児の我が子だ。歌を聴かせるのは情操教育にいいと聞き(歌おう)と思ったのだ。「歌うからには本格的なカンジなのがいいよね」と、ジャズのスタンダードナンバー集を用意して歌ってみた。でもどれも難しく、最後まで歌えない。唯一歌えたのが「ジングルベル」(ジャズバージョン)だった。どう歌っても「みんなのうた」っぽくなるが、何とかサビの部分まで到達し「ジングルベ~ル、ジングルベ~ル」と熱唱した。するとどうしたことか0歳児は、ベビーベッドの中でゲラゲラ笑うのだ。理由は不明だが、以来それを歌うと彼はサビの部分を待って毎回爆笑した。情操教育とは趣旨が違っている気もしたが、面白いので私は季節を問わずクリスマスソングを歌って過ごしたのだった。考えてみると、毎日のように歌っていたのはあの時だけだ。育児に追われながらも呑気に歌を歌っていたせいか、割とストレスフリーに過ごせていたように思う。
歌といえばこの間、あるお寺で歌うおばさんに出会った。推定年齢55歳。コーラスで歌いそうな歌をご機嫌に歌っている。そのうちに池を見ていた私の横にやって来て、突然言った。「これは、出て来い出て来い池の鯉ですか?」一瞬言葉を失う私。どう答えれば?呆然としていると、彼女は歌いながら行ってしまった。何だったんだろう今のは。私は混乱した。池にいるのは鯉だ。でもどうして「出て来い出て来い」なんだ?あのフレーズは歌詞の一部だっけ。とすると、歌と言葉がごっちゃになったとか?そうか!だだ「鯉」というべきところに思わず歌詞を付けたんだ。枕ことばみたいに。彼女が言いたかったのは「これは巨大化した金魚ではなく、鯉でしょうか?」か何かだ、きっと。私が密かに謎解きをしていると、おばさんは庭を一廻りして、初対面らしきおじいさんと一緒に戻ってきた。歌の話で盛り上がる2人。おじいさんが「私は指揮をしているんですよ」と誇らしげに言うと、おばさんは「まあ、指揮を?素敵ですね!」と感激。そしてまた謎の質問を口にした。「儲かりますか?」おじいさんはぽかんとしていたが、私には読めた。おばさんの頭には、プロ歌手として稼ぐ道が常にあるのだ。儲かるなら歌に賭けるわ!みたいな野望が。目指すは日本版スーザン・ボイルねと勝手に想像し、ふと思う。歌か。いいなあ。私も久々に歌うかな。例えばあのクリスマスソング。あれをかつての0歳児に聴かせたらどうなるんだろう。迷惑そうな顔が目に浮かんだ。


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