「育てる」を楽しむ。
パイナップルの葉が、観葉植物になるというのは本当だ。数年前あるウェブサイトで、植木鉢から反り返るように伸びたパイナップルの大きな葉の写真を見た。その意外な姿に興味をひかれ、実際に自分で試してみたのだ。パイナップルを食べた後、果肉が少し残った葉の部分を植木鉢に植え、室内で育てた。すると葉はぐんぐん成長を続け、部屋がトロピカルな感じになるくらい巨大化した。家に人が来るたびにそれを見せて「この植物、知ってる?」と聞いて楽しんだものだ。パイナップルに限らず、どんな植物でもその成長を見るのは純粋に楽しい。特に近頃、春の陽気が無性に植物を育てたいという気持ちにさせるので、何でもいいから何か植えようと、散歩がてら園芸店へ行った。種のラインナップを眺めていると、「朝顔」が目に留まった。懐かしい。私も子どもたちも、小学校の理科で朝顔観察をしたっけ。朝顔は、何十年も日本の小学生に育てられ続けているのだろうか。
小学校の先生をしている知人からこんな話を聞いた。理科の授業で、子どもたちは自分の植木鉢に朝顔の種を蒔き、観察日記をつけていた。生徒の中に、毎朝たっぷりすぎるほどの水をやり、声をかけ、誰よりも熱心に育てている少年がいた。ところが、彼の鉢からだけいくら待っても芽が出ない。他の子の観察日記には、双葉や本葉、早いものは蔓まで描かれているのに、彼の日記は何日も何日も無機質な植木鉢のパレード。これでは気の毒だと彼女は思い、発芽した朝顔をそっと彼の植木鉢に植えておいた。さてその日の彼の観察日記、さぞや喜びにあふれた文面かと思いきや、こう書かれていたそうだ。「きょう、がっこうへいくと、ぼくのうえきばちに、あさがおのめがありました。せんせいがうめたとおもいます。やめてほしいです」。彼女は苦笑していたが、少年の行く末が実に楽しみだ。類まれな観察力と洞察力、加えて勇気ある告発。彼はきっと日本の未来を明るくするだろう。小学生の朝顔観察は世の中を生き抜く力も育てているわけか、と彼女の話を聞きながら深く納得したのであった。
そんなことを思い出しつつ朝顔の種を購入。しかしすぐに、蒔き時まではまだひと月ほど早いことに気が付いた。今日何も植えられないのは残念なので、夕食の買い物をしたとき、きれいな葉のパイナップルを買った。実は例の観葉植物版パイナップル、前回冬を越せず枯らしてしまったのだ。話によると3年ほど育てられたら、葉の中央にパイナップルがなるらしい。「そんな馬鹿な!」と心の隅で思っているので、どうしても確かめたい。ついでにそこに朝顔も咲かそうか。ひと月経ったら、パイナップルの根元に種を3粒ほど埋めてみようと企んでいる。


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